02
頭が痛い。
「1度だけで良いんだ。会ってもらえないか?」
「え…?どういう意味ですか?」
困惑した。混乱した。父親の話が全て耳から耳へと抜けて行く。
「…とても魅力的な女性で、一目惚れだったんだ。彼女もどうやら離婚をしたらしくてな。何度か会って話すたびに惹かれるんだ。とても素敵な女性にお父さんはもう一度恋をしても良いだろうか…」
父親の顔を直接見ることはできなかった。
「来月、休みが取れたらテツヤも彼女と一緒にご飯をしよう。1度だけで良いんだ。会ってもらえないか?」
その言葉に何と答えたか分からない。自室へと駆けこんでベッドへ潜りこんだ。
頭の中がグルグルする。バスケの疲労感も相まってそのまま眠りこんだ。
母親と父親がまだ笑顔だった幸せな夢を見た気がした。
翌日、父親に会うことなく朝練に参加し昼休みは図書室へ逃げ込んだ。
本の内容は頭に入ってくるはずもなく、ぼーっと字を眺めていた。
ふと顔をあげると苗字名前がいた。
彼は受付から離れ、本を手に取り、ボクの目の前に座った。
「ねえ。その小説、面白い?」
ボクをまっすぐ見て紡いだ言葉はすっと溶け込むように耳に入った。
「聞いてる?」
首をかしげて眉を下げ話かけてくる苗字名前はとてもあざといと思った。
「すみません。ぼーっとしてました」
「あ。聞こえてたんだ。その小説面白い?」
「そうですね。作者の傑作と言われてるだけあって話がよく作り込まれています。しかし先の展開が読めてしまうのが残念ですね」
「へえ。次借りてみようかな。ミステリは好き?」
「はい」
「僕も大好き。僕は苗字名前。君は?」
「黒子テツヤです」
自己紹介をして笑ったボクと苗字名前の間に心地の良い風が通り抜けた気がした。
今まで持っていたイメージと違い、話やすい雰囲気があり居心地が良い。
彼ともっと話したいと心の中でそっと思った。
「おはよう黒子くん!」
「苗字君、おはようございます」
あの日からボクと苗字君は廊下ですれ違ったら挨拶をするし、図書室へ行けば一緒に本を読んで語り合った。
どこに居てもボクを見つけてくれる苗字君に心底感謝している。
陰が薄いのによく気付きますね、と一度言ったことがある。その時苗字君は不思議そうな顔をして「黒子くん目立つじゃん」と言った。嬉しかった。
「テツ、最近何か良いことあったのか?」
「いえ、特には…」
「嘘つけ。嬉しいことありましたーって顔してる」
青峰君に見抜かれてドキドキした。