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苗字君はボクを見ても何も言わないし、リアクションがないから事前に知っていたのだろうか。
それなら早く教えてくれれば良いのに、ともやもやした。
「テツヤ君は緊張しているのかな?」
雪子さんに顔を覗きこまれてドキドキした。良い匂いが鼻を掠める。
苗字君の髪の毛を長くして、顔を女の子っぽくしたらこんな感じなのかと思った。
「違うよ、黒子くんはビックリしているだけだから。僕と黒子くんは友達なんだ」
「「え…」」
父親と雪子さんが驚いた顔してボクの方を一斉に見た。
「はい。友達…です」
ボクがそう答えた時、苗字君はこちらを見て微笑んでくれた。
胸がじんわりと暖かくなる。
苗字君の友達発言に少し驚いたけれど、「友達」と言ってくれたことがとても嬉しかった。
少しだけ気分が浮上した。
「立ち話もんなんだし、黒子さんが予約してくれたレストランへ行きましょうか!名前にはたくさん聞きたいことがあるし…ね」
雪子さんが場を仕切り直す。父親がそれに続いてレストランへの案内をはじめる。
父親と雪子さんの後ろをボクと苗字君が並んで歩く。初めて隣を歩いたかもしれない。
「苗字君は、その…このこと知っていたんですか?」
「いや、全く!!まさか黒子くんがいるとは思わなくてビックリしたよ!お母さん何も教えてくれないからさあ。当日の楽しみよ、なんて言ってこっちは心臓止まるかと思った」
「ですよね…」
「でも黒子くんで良かった!再婚してしかも兄弟も出来るなんて聞かされてたら絶対に仲良くなる自信なかったから。黒子くんなら僕は大歓迎だからさ!」
「苗字君は、再婚したい、ですか?」
「ん? …ずっと憧れてたんだよね。父親と母親がいて可愛い弟がいる家族をさ。黒子くんなら僕の夢、叶えてくれそう」
「……」
「黒子くんは母親と兄弟、欲しくない?」
「…分からないです」
苗字君の目はキラキラしていて、とても楽しそうだった。
ボクは苗字君の憧れになれるのだろうか。
家族というものが分からないと言ったら笑われるだろうか。
手をぎゅっと握りなおして、レストランへ入った。