僕はコンビニでバイトをしている。内弁慶な僕だけれど、バイトを通して、ふたりの友だちができた。
 ふたりともとてもやさしくっていい人だ。だがしかし、こう言うのもあれだけれど、ふたりして、少し頭がおかしい。

 ひとりをAくんという。Aくんは赤色が大好きで、尋常じゃないぐらいに、流行を気にする人だ。
 僕は彼がファッション雑誌を買っている姿を何度見たことだろう。そして彼がファッション雑誌を読んでいる姿もとてもよく見る。彼の服装はいつもおしゃれで、ちょっと奇抜だ。Aくんとはじめて会ったとき、東京の人の服装をしている、と思った。僕は田舎者だけれど、ちょっと前にいちどだけ、東京に行ったことがあるのだ。

「きみも、もっとおしゃれをしたらどうだい。いまどきそんなのじゃあ、もてないよ。」

 Aくんは僕によくそう言う。僕はおしゃれをしていないわけじゃない。ただいま流行っている服より、もっとシンプルな服が好きなだけなのに。
 Aくんはファッション以外の流行にも敏感だ。彼のアイポッド――もちろん、最新機種だ――はいつも流行の音楽であふれかえっている。もちろん、移り変わりも激しい。彼は人気の芸人のギャグをすぐに会話の中に取り込む。最近は、巧みに大きな板を操っている姿も見た。他の人にきくところによると、どうやらあれはアイパッドというらしい。

「Aくん、いまきみのたべている、その赤黒いものはなんだい。」
「これは、たべるラー油というものだよ。」
「ラー油だと?ラー油は、調味料だよ。」
「きみ、ほんとうに流行にうといね。ラー油をたべるのが流行っているのだよ。きみにもあげるよ。」

 そう言うとAくんはかばんのなかから小さなビンを出して僕に押しつけた。彼は、ちょっと前まで、白いたい焼きとやらを、持ち歩いていたのだけれど。


 もうひとりをBくんという。Bくんは青色が大好きで、恐ろしいぐらい、流行を知らない人だ。
 服装もいつも恐ろしいぐらいにださい。いや、ださいのではないのだ、とてもおしゃれなのだが、ひと昔前のおしゃれなのだ。彼はよくシャツをジーンズのなかに入れている。シャツのすそを結んでいることもあって、そのときはさすがに、僕もBくんに注意をした。

「なんでだめなんだい?」

 Bくんはそれから二十分のあいだ僕を無視してきた。
 Bくんはファッション以外の流行も知らない。彼はアイポッドを持っていない。「普段、どんな音楽を聴くのかい?」と訊くと、八十年代、第一線で活躍していたバンドやアイドルの名前がたくさん挙がった。僕にはわからないものもあった。彼の口ぐせは「ナウいのは苦手。」だ。まず、ナウいという言葉がナウいくない。「アイパッドという大きな板を知っているかい?」と訊くと、「きみそれは、板じゃなくて、座布団なんじゃあないか。」と首をかしげていた。

「時にBくん、ラー油を知っているかい。」
「馬鹿にしないでくれたまえ。僕だってさすがに、ラー油は知っているよ。とても重要な調味料だ。」
「今はその考えが間違っているらしい。ラー油は、たべるものだそうだ。」
「ラー油をたべるだと?考えられない。ラー油というものは、油だよ。油をたべるなんて、滅相もない。」
「Bくんの好きなたべものはなんだい。」
「ティラミス。」


 そして、このふたりは、いがみあっている。

「考えられない。あの人は、いつの時代に生まれてきたんだい?」

 AくんはBくんのことをそう言ってせせら笑う。

「ちゃらちゃらして、かっこういいつもりなのかなあ。ずぼん、破けているよ。」

 BくんはAくんのことをそう言ってにらみつける。

 僕はこのふたりがいがみあっているところを見るととても悲しくなった。確かに真逆の人間だ、いがみあうのも仕方がないけれども、このふたりが仲良くなれば、ふたりともいい感じになるのになあと思ったのだ。うまく言葉では表せないけれども、きっとそうなのだ。
 ふたりの目が合うとそこらに火花が散った。僕はその様子を悲しげな面持ちで見つめていた。

 ある日、AくんもBくんもいなくなった。ふたり同時に、ぱたりとバイトに来なくなった。Aくんのアイフォンにも、BくんのPHSにも、電話が繋がらない。
 店長はとても困った顔をしていた。僕もとても困った。するとそこに、一人の青年がやってきた。このコンビニでアルバイトをしたいという。AくんとBくんのこともあってか、店長は青年を歓迎した。青年は今日から働けると言った。青年の名前はCくんといった。

 僕はCくんとすぐに仲良くなった。Cくんは、流行と無縁な人だった。古かろうが新しかろうが、自分の好きな服を着て、自分の好きな音楽を聴いて、自分の好きなしゃべり方でしゃべった。アイパッドを知っているかどうか訊くと、「知っているよ。ただ僕はいらないなあ。興味がないよ。」と言った。AくんやBくんみたいに極端じゃなくて、でも性格はAくんやBくんのようにとてもいい。僕はCくんが大好きになった。
 あるとき僕はふと思い出した。あの妙な景色を。その妙な景色というのは、AくんとBくんがいなくなる前の日、バイトの休憩時間、更衣室で見たものである。AくんとBくんが溶けていたのだ。ふたりはスライムのようにどろどろになって、ゆらゆらと動いて、ひとつになった。赤と青が混ざり合って紫になったのだ。僕は、暑いのかなあ、と思って、クーラーをつけて、気味が悪いのでレジに戻った。AくんとBくんがいなくなったのはそういうことなのである。そんな光景、すっかり忘れていたし、もうにどと思い出したくないや、と思った。誰にも言わなかった。

「どうしたんだい?きみ。顔が暗いよ。」
「え?そうかい。大丈夫だよ。そんなことより、今度いっしょに映画を見に行かないかい!既に僕はいちど見に行ったのだけれど、とても面白かったからもういちど行こうかと思って。Cくんもきっと気に入るよ。」
「いいねえ。行こうじゃないか。期待しておくよ。きみとはとても趣味が合うからね。」

 そういえばCくんは、紫色が大好きである。







「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -