また喫茶店で2人。
 涙を流す女(すなわちわたし)と、眉をひそめてそれを見つめる男(目の前のこいつ)。
 端から見たら、別れ話の途中?みたいな。
 全然違うけど。


「……いい加減泣き止めや」
「だってえ」
「はい」
「今年こそはいけると思ったあ……」
「へえ」
「本人たちあんながんばってんのに」
「まああれは出てる人たち全員がんばってるやろうから……」


 また好きな芸人(伸び悩み)があれ(コントのでかい大会)で決勝まで行けなかったとかで涙を流す女(わたし)と、ため息をつく男(冷血野郎)。別れ話どころか恋愛のレの字もないテーブルであった。


「がんばってるんかもしれんけど、それでも無理なんやろ。俺そのコンビ」
「コンビじゃなくてトリオです」
「……トリオ、いまだにテレビで見たことないし、もうそれって」
「うっさいハゲカスクソチビ小太り野郎単位落とせ」
「いやまだ最後まで言うてへんし」


 男(未来のハゲ)が「あと単位の話はやめよう……」と小さく呟いたのをきっちり聞き取って、おー弱点見つけたでー授業ちゃんと出ろよーと心中でにやにやしながら、それは別にどうでもいいとばかりにわたし(特技は罵詈雑言)はただただ泣いていた。
 仕方がないじゃない好きなんだもの。売れなくたって伸び悩んだって何年も何年もこのテンションで応援してるんだよ。去年だって同じテンションで泣いたんだよ。もう来年は泣きたくないって今現在と同じこと言いながら。もう審査員席(準決勝で落ちた芸人は決勝戦で審査をするという)で3人の姿は見たくないんだよって半分諦めを含んだような口調で願ってたんだよ。
 (要約)
 というようなことを泣きながら訴えた。たぶん15分くらいはかけた。好きな芸人のことになると途端におしゃべりが止まらなくなるところと話をまとめるのが恐ろしく下手なところがわたしの短所である。男(特別お笑いが好きというわけではない)はその間すごく暇そうにしていたかもしれないが、それは別にどうでもいい。


「……語り尽くした?」
「あーもうー阿呆ー!!」
「なにに対しての阿呆なんそれ」
「3人とー準決勝の審査員とー大会のスタッフとーきっちり決勝に行ってまう面白くて努力家な芸人さんとーお前ー」
「なんで俺なん!俺はちゃんと話聞いてあげとるやろ!」


 っていうよりかは、あなたは優しすぎるんですって。なんでそんな彼女でもない女(わたし)が全く売れてない芸人(芸歴8年目)についてえんえんと語るのを聞いてくれてるの。わたし正直申し訳なくなるときだってあるのよ。まあ正直話したって話し足りないからもっと話したいんだけどね。あっ煙草吸うなカス!
 (要約)
 というようなことは言わないでおいた。ツンデレ(自称)のわたしにしてはデレ要素が多すぎる発言だと即座に判断した結果だ。調子に乗られるのも困ると思ったし。しかしこの男(19歳)、よく、本当によくわたしなんかの話を、聞いていられるなあ。


「なんていうコン……トリオやったっけ」
「……ぐ」
「やっぱいい聞いてもわからんから」


 このくだり何回やんねん。


「テレビ出るようなったら覚えたる」


 そう言う男(犯罪者)の態度が癪に障って、手に持っている煙草を奪ってやった。


「あっちょっ、返っ」
「来年こそは!」
「……はあ」
「3人も、もっとがんばって、もっと、もーっと面白くなって、決勝にも行って、ゆうしょ……優勝は無理かな……とにかくなんらかの爪痕を残して、めーっちゃテレビにも出るように、なるねんからな!」


 しまった。熱くなってしまった。らしくねえ。しかもその後さらに熱くなっていろいろと付け足してしまった。しかしまあつまりは3人ならできる(要約)ということを言いたかったわけだ。奇跡的に男(聞き上手)もその意思を汲み取ってくれたのか、ひと通り話し終えると、少し笑ってくれた。おお、こいつの笑ってるとこ、久々に見たで。


「はいはい、わかりました。どんだけ好きやねん」
「ぐから始まる3人組やで!覚えときや!期待しときや!」
「ぐ」


 ぐ、ぐ、と呪文のように呟き続けながら煙草をふかす19歳のその姿は恐ろしく不気味で、少し微笑ましいようにも感じられた。ただわたしがいなかったら絶対捕まってるだろうから感謝してほしいところだ。あとこのコーヒーも奢ってほしいところだ。
 わたしが男(好きなバンドはサカナクション)から奪い取った煙草を灰皿に押し付けていると、そいつは伝票を持って立ち上がった。


「帰るで。今日は奢りや」
「うわテレパシー通じた」
「なに言ってんの」


 またちょっと笑って、その代わり、と付け加える。


「1年のうちに鞍替えすんなよ」
「……ちょっとなに言ってんのかわからない」
「だから、そのぐなんとかとかいう芸人に飽きて、他の芸人とか、ジャニーズとかに浮気すんなよ、って話」
「うわき……」
「ありうるからな、そういうことも」


 ぐなんとかが好きじゃないお前なんて嫌いやで。
 わたしの耳がおかしくなければ確かにそう聞こえた。ほう!なるほど!なかなか粋なことを言うじゃないのこの男(彼女募集中)は!おかげでこのテーブルに恋愛のレの字くらいは出現したぞ!もうちょっと馬鹿正直に、ぐなんとかが好きなお前が好きだ、って言ってくれればもっといいのにな!とかなんとか文字が次から次へと頭に浮かんでくるのは、恐らくわたしが照れているからだ。らしくねえ。ああらしくねえ。
 で言った当の本人(目の前のこいつ)も少し顔を伏せて照れまくっている様子だ。照れるなら言わなきゃいいのにと思いながら顔を覗きこむと、逃げるようにふっと背けた。面白くってその顔を追い続けるうちに、なんだかいろいろおかしくなってきて、わたしはひとり爆笑するのだった。


 そういえばいつの間に泣き止んだのかわたしは。目が少し開けづらいだけであとは何事もなかったかのようだ。さっきまでなにを見てもなにを聞いても、悲しくて苛々してやりきれなかったことが、全て嘘のようだ。
 なんて考えながら男(会計係)を置いてひとり先に店を後にしたのだった。帰ったらYouTube開いて、陳腐なラブソングでも聴こうかしら。いややっぱりそれよりも、ぐなんとかのネタを見るのが先だ。来年の予習やでな。






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