無人のチャペルで交わした永遠の契り

ボンゴレから逃走を始めて、約一ヶ月が経った。
イタリア最大のマフィアから逃げ切るのは容易なことではなく、僕らはこの一ヶ月の間に五回は住居を変えている。
最初は、ラスベガスに。逃走資金を得るために、カジノで荒稼ぎをした。
金は腐るほどあるし、口座の名義も変えてあるから使えるには使えるのだが、いきなり多額の金額を下ろすと彼らに目を付けられる可能性が高くなる。
そのため、しばらく預金には手をつけないつもりだ。
稼いだ資金を使って、ラスベガスの次は、パリ。これは小休止。
その後は、一旦日本に帰って、次は香港。アジア圏にはあまりボンゴレの力が及んでいないことを汲んでの作戦だった。
そして今、アメリカのニューヨーク。人の移り変わりが大きく様々な人種の集まる雑多なこの街は色々な面で都合がいい。
財団関連は草壁に任せ、なるべく裏社会には顔を見せないようにしている。
もうボンゴレに関わる気はなかった。玲と二人、このまま暮らしてゆけるなら、裏からも足を洗ったって構わない。
生きることに、貪欲になった。
初めて、自分から生きたいと願った。
隣で笑う、この子が愛しい。


仕事に出かけた帰り、ほぼ二十四時間営業の店に寄って一週間ほどの食材を買い込んでくる。朝焼けが目に眩しかった。くらくらくる感覚を振り払って、まばらな人通りの中を早足で進む。
夜の仕事とはいっても、別に裏関係でもましてやいかがわしい仕事でもない。
半分裏社会ともとれるが、要は用心棒だ。
表のお偉い方の集まるカジノ、クラブの番犬のような仕事である。
とはいっても、大人しくお座りして待っているようなタマではないのは自分でも百も承知なので、もう開き直って賭けに乱入したりしている。
大抵オール一人勝ちなので、ほどほどにしてくれとオーナーに泣きつかれたが。
こうしてほっといてもお金はたまっていく。
今日は久々に大当たりだった。そろそろ帰ってきているであろう玲になにか買っていってあげようかと考えたところで、ふと寂れた教会を見つけた。
まるで忘れ去られたかのように静かにそこに佇む様は、不思議な荘厳さを醸し出している。
そこに引き寄せられるように立ち入って、外観とは異なりほとんど汚れてもいない十字架を見上げてみた。
自分は無神論者ではあるが、それにはどこか威厳が伴っているように感じる。
そういえば、ここで結婚式を挙げたり、葬式を挙げたりするのだったか。
神の目前で愛を誓い、神の元へかえるらしい。
くだらない、そう一蹴して踵を返そうとしたが、ふとあることが頭に浮かんだ。
携帯を取り出して、電話をかける。


「哲、今すぐウェディングドレス持ってきて」
「は……恭さん?」
「聞こえなかった、今すぐだよ」


用件のみ告げて、返事も待たずに通話を切る。
優秀な部下は、状況が飲み込めなくとも要求を聞いてくれるだろう。次は、あの子だ。
同じように電話をかけて、また返事を待たずに電話を切る。
しばらくしてやってきた草壁からドレスを受け取って、やってきた玲に有無を言わさず着させる。
うん、綺麗だ。白よりもっとキツイ色の方が似合うかと思ったけれど、意外に純白も映えていた。


「ちょ…おにーさん!何事!?」
「結婚式」
「…はい!?」
「の、真似事」
「はい?」


ちょっと前、結婚式を見かけた玲が羨望の視線を送っていたことを思い出した。
大人数で群れるのは好きじゃない。だから、真似事でいいから二人でしてみようと思ったんだ。
あ、神父いないな…と思ったけど、ちょうど都合よく哲がいるじゃないか。


「哲、神父忘れた」
「神父いりましたか!?てっきり群れになるので神父はいらないかと…」
「何か言わなきゃいけないんだろう?ほら、定番のやつ」
「そんな定番メニューみたいに…ほら、病めるときも健やかなるときも、ってやつでしょ?」
「そう、それ」
「…今呼び出すのはどうかと思いますよ。短縮版でよろしければ、自分がやりますが」
「じゃ、それでいいや」
「クフフー!!その役、僕がやってあげましょう!!」


…さぁやろう、と思ったら、窓からパイナップルがやってきた。
「パイナップルじゃありませんよ!失礼ですね!」
「ああ、ごめん、南国果実か。パインアップルだね」
「だからフルーツから離れなさいこの鳥!せっかくこの僕がやってあげましょうといってるのに…」
「哲、始めて」
「無視ですか!?」
五月蝿いパイナップルは無視して…しようとしたのに、早業で入れ替わってるし…


「では、いきますよ…貴方は、病めるときも健やかなるときも、彼がマフィアな時も一般人なときも、理不尽な理由で他人を咬み殺しているときも、気持ち悪いほど優しげな笑みで小動物に構っているときも…」
「後半に突っ込んでいいの?ねぇ、突っ込んだ方がいいの?」
「彼を愛し、彼を慕い、彼の面倒を見て、彼の子供を生んで、彼と家族を…ってなんだかわけがわからなくなってきました、もうこれでいいですかね?貴方は彼を愛しますか?」
「…最初からそれでよかったんじゃ?まぁ…はい、誓います」
「では、雲雀恭弥。何かそんな感じで誓いますか?」
「うん、次会ったら何よりもまず君を殺すことを誓うよ」
「物騒ですね!咬みが抜けてますよ!?」
「いいんだよ、殺すから。…玲、もう行こう」
「…うん、帰ろうか」


パイナッ…六道、君自信満々に神父役を買って出たけど、絶対誓いの言葉「病めるときも健やかなるときも」までしか覚えてないだろ。
僕も知らないけど。
まぁとにかく、せっかくだから言っておこうか。


「…玲、」
「ん?なぁに、おにーさん」
「僕は、君を一生愛してる…神だなんて信じてないから、君に誓うよ」
「…うん、」








永遠を誓おう。
唯一愛した、愛しい君に。




「…ところでそこのパイナップル、なんでいるの?」
「ああ、僕達もリアル逃走中ですから」
「「え…?」」


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