誰の為の嘘だったんでしょうね
あの男が、彼女、沢田奈津を愛していないことなどわかりきっていた。 それに気付いたのは、彼女が交際をすることになった、と報告に来た時だっただろうか。 ボンゴレやその他の取り巻きがいる時には一切のぼろを見せることのなかった彼が、僕達だけになった時に、に、と彼女に見えないように酷薄な笑みを浮かべて、口パクで僕に告げた。
『 は や い も の が ち 』
やられた。 思わず、そう口にしたくなる。そう、僕も、彼と同じようなことをしようとしていた。一番手っ取り手早いのは、恋人になることだとも思っていたが、まさか彼に先を越されるとは。 そんな悔しさを感じたが、それと同時に、もう一つの方法を思いつく。 そうか、彼が恋人役をやってくれるというのなら、僕はかえって動きやすい。 横恋慕の片思い、という立ち位置は、意外と免罪符に使えるのだ。特に、彼女のような甘ちゃんと、その取り巻きのような彼らには。 勝手に同情して勝手に納得してくれる。ああ、好都合。
それ以来、僕と雲雀恭弥は持ちつ持たれつの関係であった。 特に馴れ合うというわけではないが、手を組んだ方がやりやすいのだ。結託はしないが、互いの不利になるようには動かない。 特に、沢田奈津の被害に僕の可愛いクロームが遭っているとなればやることは決まってくる。 無意識な、善意の悪意。ああ、虫唾が走る。 仲間だって?いつ僕が、そんなものを望んだ。 「骸くんは、本当は優しい人」「もう大丈夫だよ」 知ったような口ばかり。君ごときに理解されたくないんですよ。 クローム、クローム、僕の可愛いクローム。彼女が、沢田奈津の善意とやらに苦しめられていることはわかっていた。「クロームちゃんのため」そう言って、何度も傷つけてきたことも。…もう、大丈夫ですよ。これ以上、あの女の被害には遭わせませんからね。慰めるふりをして、次は僕がコントロールしましょうか。傷心に付け込んで、優しい人のふりをしましょう。全ては可愛いクロームのために。
「…骸様、」 「おや、クローム、どうしました?」 「……ボスの、妹のこと」 「沢田奈津ですか…?」 「…私も、雲の人みたいに、言いたいこと、言いたい」 「え…?」 「久遠さんを、好きだと言い切った雲の人、潔くて、かっこよかった。骸様が、無理して付き合うことはないの…私も、言う」 「え?ちょ…待ちなさい、クローム!」
そう言って駆けていくクローム。いつの間に…。 こんなに強くなっていたんですね、僕のクロームは。 でも、その展開はまずいです…!せめて二人きりの時にしなさい!そして、彼に憧れないで下さい!ああ、ほら、周りに取り巻きが…!
「…沢田、奈津さん」 「え?あ…クロームちゃん?」 「私、貴方に、言いたいことがあるの」 「え…?」 「…私、貴方に、たくさん困らされてた。貴方はよかれと思ってしたことでも、そうじゃないことだって、たくさんあるの」 「クローム…ちゃん…?」 「テメェ…クローム!奈津さんに何言ってんだ!奈津さんの好意を踏み躙るつもりか!!」 「嵐の人は、黙ってて…。善意が、全部いいことだなんて、勘違いしないで」 「なんだと…!?」
「クローム…、」 凛としたその目に、見惚れた。 言いたかったことを、全部クロームが言ってくれたようで、胸の奥が軽くなった。 …ありがとう、ございます。 零れる笑みを隠すように、下を向いて、呟いた。 止めよう。恋人のふりをするのは、止めましょう。 雲雀恭弥が、今まで嘘を吐いてまで彼女と付き合っていたのは、彼が愛したという久遠玲のためなのかもしれない。 ならば、僕の嘘は、クロームのため。 彼は久遠玲のために、嘘をつくことを止めた。 僕も、止めましょう。全ては、僕の可愛いクロームのため。 クロームがのびのびと出来るよう、僕も嘘吐きは止めましょう。
「…僕も、ずっと言いたかったことがあるんですよ」
これで、ボンゴレたちに敵視されたら、どうしましょうか。 …彼らを見習って、僕らも鬼ごっこをするのも、いいかもしれませんね。
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