だけどパンドラの箱には希望が残ったんだよ



これは、僕らの出会いの話。
これは、僕らの始まりの話。
これは、僕らの、未来の話。





その日は、今までの中でも記録的な暑さだった。
夜になってもその蒸し暑さは衰えることをせず、むしろ湿気が増していった。滅多に汗をかかない体質の僕でさえ、汗で髪がべったりと頬に張り付くほどで、苛立ちは最高潮に達していた。早くホテルに帰ってシャワーを浴びたい、クーラーで涼みたい。そんなことばかり考えていたせいなのか、うっかり流れ弾に被弾して、汗と血で塗れた身体を引きずって路地裏を歩くはめになってしまった。
歩いて、歩いて、歩いて。だけど不意に、意識が途切れて。そこで君の声が聞こえた。
真夏の、深夜。
路地裏を歩く血塗れの男に、躊躇なく話しかけてきた、君。









怪しいと思わなかったの?自分の身を、案じなかったの?
死んじゃうかと、思ったから。
怖く、なかったの?
おにーさんは優しいから、平気。









僕が君と生きるために捨てた幾つかのもの、君と生きるために僕は世界を捨てました。今まで培ってきたもの、全てを。そうまでして、僕は君と生きたかったんだ。
人と物とゴミの溢れる都会の、小さな一室。
そこに帰れば、迎えてくれるのは冷たい言葉や沈黙ではなく、愛した子の温かい言葉。ようやくあの子が取り戻した、ひだまりのような、笑顔。
ただいま。おかえりなさい。


ああ、僕はずっと、それが欲しかった。
それだけを、僕も君も、馬鹿みたいに求めていた。
あの夏の日、君は泣いていた。声も出さずに、ただ静かに泣いていた。
「こんな、温かいの、初めて」
本能的に小さな身体を抱きしめて、肩を震わせる君に囁いた。
泣いてごらんよ。子どもみたいに。大声で。泣いてみせてよ。
(そしたら僕が助けてあげるから)
甘い毒と優しい嘘を掻き混ぜて、僕と君は恋に落ちた。


身一つの逃亡劇だって、君がいれば大団円。







これが僕らのハッピーエンド
徒花恋慕、これにて終幕




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