綱吉が雲雀を見てるだけ 


派手な音を立てて蹴り飛ばされたトレーニング用の重しの行方をそぞろな意識で視界に留めつつ、沢田綱吉は、ほう、と、熱い息を吐いた。優美に曲線を描いて空気を、空間を切り裂く男のしなやかで細く、それでいて力強い脚に意識の大部分は奪われていた。黒豹の如き俊敏さで室内を駆けるその男の髪が空気抵抗で揺れて、普段と違い、薄い桜色に色付いた白い肌から、汗が跳ねてライトに煌めく。ちらと見えた鎖骨がくっきりと浮き出ていて、そこを滑る汗の玉の淫靡さに、食い入るように見詰めた。うつくしい。声に為らない感嘆は吐息と為って綱吉の柔い唇から漏れ、僅かな熱気の篭もる室内の空気に溶け出していく。此処に来るまで、執務室で要領悪く書類整理に追われていたため、彼の服装は上等なオーダーメイドの黒スーツ、同じく黒のスラックス。色立ちの上品な橙色のシャツに、薄くストライプの入った、これまた黒のネクタイと、どこぞの高級ブランドの、一級品の革靴で纏められている。数年経って、ようやくこれらの高級品に囲まれた生活に慣れ始めた。最初は、自分の使用する物全てが数十万は下らないという事実に恐れ戦いた物だが、長く続くと嫌でも慣れざるを得ない。慣れない事には、仕事にならない。今現在では、この服装でカレーうどんを啜れるようにまでなった。故に、珍しく少なかった本日分の執務を終えた綱吉は、入れ替わる様に仮眠を終えた山本から、これまた珍しいことに、此処ボンゴレ本部に、彼の最愛の恋人である雲雀が戻っていると聞き、着替える手間も惜しんで飛び出したのだった。途中で擦れ違った草壁に居場所を聞き出し、意気揚々とやってきた場所は、まさかのトレーニングルーム。山本や了平が使う分には特に疑問はないのだが、雲雀恭弥という人間が使用すると、途端に不思議な事実となってしまうのだから妙なものだ。どくどくといつも以上に脈打つ心臓部に手の平を重ねつつ、そうっと開いたトレーニングルームの扉の先に居た最愛は、今まで綱吉が見てきたどの姿とも異なっていた。

普段と同じ、黒い上等のスラックス。彼の麗しい炎によく似た、見るからに高級品と解る紫のシャツ。そこまでだった、彼が身に付けているのは。綱吉同様、オーダーメイドだろう黒い上着は端に放置されており、よく見ればその傍に、黒のネクタイも纏められているのが視認出来る。仕事帰り、雲の守護者専用に与えられた無駄に豪華な自室に戻る前に立ち寄ったのか、財布、時計、等といった小物もそこに置いてある。脱げた革靴と靴下は、途中で邪魔になって脱いだのか、それらとは異なる場所に放置されていた。
彼の素手での格闘は、久方振りに見る。随分長い間、こうして駆け回っていたのか、彼の息は荒く、透明な汗が滴り落ちていた。シャツの釦は第二どころか第三ほどまで開け放され、当然ながらスラックスからも出ている。腕まくりしているせいで曝される腕は、服越しではほとんど解らないが、無駄のない筋肉が付いていて、意外にがっしりとしている。普段、寝所を共にする際にしか見れない彼の身体がこんな明るいライトの下で曝されているということに妙な羞恥を憶えつつ、ただひたすらに、雲雀という獰猛な獣が牙を剥き出しにし、地を蹴る様を見詰めていた。


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