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#01 犯罪係数





その銃口(システム)は、正義を支配する。





降りしきる雨の中、朱は走る。走って走って、ようやく目的地へとたどり着いた。
息を整え、ドローンに身分証明を掲示し、立ち入り禁止地区に足を踏み入れる。
目の前に立つ男の姿を認識すると同時に、自分の探し人であると思い、乱れた息もそのままに、彼に話しかけた。


「あの、監視官の宜野座さんでしょうか?」
「俺だ。配属早々に事件とは、災難だったな」
「っ、はぁ…はぁ…本日付で刑事課に配属になりました、常守朱です、どうぞよろしくお願いしま…」
「悪いな、刑事課の人手不足は深刻でね。新米扱いはしていられない」


挨拶をする朱の言葉を遮り、宜野座は淡々と彼女に現状を説明する。
その言葉は、本日付の新人であっても容赦なく使うという意図が感じ取れた。だが、それは彼の言うとおり、刑事課の深刻な人手不足故なのだろう。その現状は、朱も聞き及んでいた。
挨拶もそこそこに、すぐに現状説明へと話が移る。対象の写真と、経緯が説明された。そうしているうちに、一台の車が此方へと向かってくる。厳重な警備で、酷く物々しい雰囲気をしている。


「護送車…」
「これから会う連中を、同じ人間と思うな。奴らはサイコパスの犯罪係数が規定値を越えた、人格破綻者だ。本来なら潜在犯として隔離されるべきところを、ただ一つ許可された社会活動として、同じ犯罪者を駆り立てる役目を与えられた。――奴らは猟犬、獣を狩るための獣だ。それが執行官、君が預かる部下達だ」


その物言いに、朱はしばし呆然となる。まるで、彼らを人間扱いしていないような…そんな印象さえ受け取れる。ぐるぐると思考回路が回っていると、突然くつくつと笑い声が聞こえた。


「なるほど、面白いね」
「…雲雀さん?」


彼の声は、朱以外には聞こえない。愉悦に塗れた、低い男の声だった。彼の名は、雲雀恭弥。朱の、仮想人格である。
朱が物心ついたときには、もう雲雀は彼女の傍にいた。親が朱の教育用にダウンロードしたのである。酷く癖のある性格故、ダウンロードする人格を失敗したかと心配する親の心とは裏腹に、朱は酷く雲雀に懐いていたし、雲雀もまた、分かりにくいながらも朱を可愛がっていた。
基本的に、彼は朱のすることに手を出さない。手助けもしない。ただ朱が道に迷ったときに、それとなく道を示唆するだけだ。それこそ、彼女が死ぬような目に遭えば動くのだろうが、それ以外に手を出すつもりはなかった。
シビュラというシステムが普及し、全ての選択をシビュラに委ねることが当然となっている社会で、雲雀は、彼女に選択の価値を諭した。己の選択の、重みを教えた。その手が掴み取るものがなんであるのか、自分の意思で選び取れ。突き放したような物言いは、逆に朱を安心させていた。自分は、自分の意思で動いてもいいのだと、いつだってそう諭してくれる。だから朱はいつだって、自分の意思で動いてきた。これからだって、そうするのだ。無意識に拳を握り締める朱に、雲雀が静かに笑った。


そうして、執行官と対面する。淡々としているのかふざけているのかよくわからない挨拶を終え、ドミネーターに手をかけた。…ドミネーターの言いなりとなって、撃てと言われた相手を撃てばいい。雲雀によって、己で全て選び取れと教えられてきた朱は、複雑な心境になりはしたが、気にせずそれを手に取る。社会にとって、大多数の正義はこちらなのだ。打ち合わせの心配はするも、実はそれほど気にしてはいない。己の思うまま、嗅覚の働くままに動けばいい。鬼畜な先生による二十年の特訓は伊達でないのだ。
狩りが始まった。





征陸と二人、そこに足を踏み入れる。浮浪者の中、朱は緊張しながらも慣れた足取りで歩みを進める。雲雀の訓練の賜物だった。公安局に入ると言った朱に、雲雀はそれこそ、地獄の特訓を課した。あの時ばかりは本当に死ぬかと思ったと、歩きながら顔色を悪くする。とはいえ、そのおかげでこうして現場でも落ち着いて対処出来るのだから、多少は感謝しなくてはならないだろう。…死にかけたが。
途中、訓練生だった時の話が話題に上がる。確かに、朱は訓練所では首席だった。だが征陸は、そこで教わったことは全て忘れろと言う。ここの仕事は理不尽の塊であると。…朱は、その言葉を肯定した。


「…以前、ある人に似たようなことを言われました」
「お嬢ちゃんの知り合いにか?」
「はい…"世の中は常に理不尽に満ちている、その理不尽を諦め享受するか、戦い足掻くか、全ては君次第だ"って…意思を持てと、彼は言いました」
「…なるほどな」


途端、状況は一変する。対象の脅威判定の更新、彼の存在の否定。朱と征陸は、エレベーターで彼を追う。着いた先にその姿を見つけ、駆け寄り、ドミネーターを突きつけた。
だが人質を盾にされ、銃を奪われてしまう。犯人がそれを拾い、二人に向けて撃とうとするが、ユーザー認証の必要なそれは、当然作動しない。そうしているうちに、端から狡噛が撃ち、執行した。思わず、息をつく。これで終わった、そう思った。

人質となっていた女性に駆け寄る。犯人の血飛沫をまともに浴びてしまっていた。早く保護しなければ…必死に説得をするも、混乱する彼女に、説得の声は届かない。そうしていると、自分に影がかかったことに気がつく。
…征陸が、女性にドミネーターを向けていた。撃とうとする彼に、思わず飛びついて止める。違う、彼女は、保護対象なのだ。ドミネーターはシビュラの目だという。シビュラが、彼女を脅威だと判断したのだと。そう言われても、朱は引かなかった。彼女は被害者なのだ、ただ、サイコハザードで犯罪係数が上がってしまっただけの、一般人だ。そんな彼女に、保護のためとはいえ、乱暴な真似をすることが許せなかった。これは、朱の意思だった。

女性を追っていった狡噛を追いかける。地面に倒れ込む彼女に、ドミネーターが向けられていた。「対象の脅威判定が更新されました」声が響く。彼女は、排除対象となっていた。狡噛が銃を向ける。唇が動いた……その言葉を聞いて、朱は、狡噛に向けてドミネーターを発砲した。


「止めてぇええええ!!!!」





狡噛が、倒れた。

その後のことを、朱は朧げにしか覚えていない。火をつけようとする彼女に、何とか説得を、と試み、犯罪係数を引き下げて…そして、宜野座が彼女を、撃ったのだ。
これでよかったのか…朱にはわからない。
ただ、彼の言うとおり、自分は自分の意思で動いた。それだけは確かだった。



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