fiction | ナノ





ヘマトフィリアを口説く大人雲雀
残酷表現有り、R15程度






その女が赤を好むと知ってから、僕は仕事の時にわざと赤く染まるようになった。仕立てのいいスーツはいつだって上物の気に入りしか着ない主義だったから、興奮して理性を飛ばすまでは、どんな仕事の時もなるべく血飛沫を浴びないようにとしてきたけれど、今は逆に、わざと血潮を浴びている。おかげで、仕事の後は、いつだって僕は真っ赤で、べったりとした血潮がこびり付いていて、ぬめるその感覚はやっぱり少しだけ気持ち悪いのだけれど、その姿で帰ると、今まで開口一番、心配の言葉を吐いていた彼女が、タールでも思わせるような粘着いた、それでいて熱い視線で僕を見てくるのだから、それだけでこのどうしようもない不快感も帳消しになるというものである。


「ただいま、名前」
「ひ、ばり…さん…」
「……相変わらず、熱い視線」


彼女は血が好きらしい。
当の本人はあまり争いを好まない、どちらかと言えば沢田寄りの人間であると思っていたのだけれど、どうやらそれは僕の早とちりだったようだ。ヘマトフィリア。血を愛し血に溺れる、異常性癖、性倒錯の性。彼女はまさにこの物騒なパラフィリアで、血を見ると己の意思に関わらず、興奮し、欲情してしまうらしい。逆に言えば、それ故に、彼女は争いを嫌っていたと言ってもいい。嗚呼、何て好都合な情報。


「名前、」
「っ…やめて、下さい…」
「どうして、赤、好きでしょう?」


真っ赤な鮮血に塗れたまま、佇んでいた名前を背後から抱きすくめる。その赤に、鮮烈な血臭に、彼女の頬が赤く上気していく様は、眩暈がするほどうつくしい。僕は血に興奮するこの女が、堪らなく好きだった。戦闘を愛し戦闘に溺れるこの性は凡庸な女相手ではどこまでも満たされないと思っていたが、どうやらそれは間違いだったみたいだ。否、それもまた違うか。彼女は凡庸などではない、血潮に興奮する、異常な女だ。大量の血潮、言い換えれば、大量の人のいのちを浴びて、真っ赤に染まって、そこで恍惚に浸るような、残酷で耽美な君が、僕には誰よりもうつくしい女に見える。こうやって、赤に染まって抱きしめてしまえば、君が奥に必死に押し隠しているその凶暴な欲が暴れて、逃げられなくなるのを知って、小さな身体を抱きしめる。息が荒くなり、懸命に欲に抗おうとする名前がいとしくて、いじらしくて、無様で、いっそ血の海に沈めて本当に溺れさせてしまいたい。苦しさと欲情で二重に喘ぐ君は、きっと堪らなくうつくしい。

何度も血潮を浴びすぎて最早染みつきつつある血の匂いに名前の瞳が蕩けだした頃合を見計らって、べったりと血で濡れた手のひらで、彼女の頬を撫で上げる。まるで愛撫したときのように身体を震えさせる名前の首筋に、僕の髪から滴った赤い滴が、ぽたりと染みを作った。そのまま指先を滑らせて、薄く開いた咥内へと指を差し込めば、存外に抵抗なく中へと吸い込まれる。舌の根を柔く押さえ付ければ、甘やかに歯牙で食まれた。嗚呼、ぞくぞくする。


「名前が望むなら、もっと血をあげる。青い血も、酸化しそうな血も、全部ぜんぶ君にあげよう。バスタブに血を注いで、文字通り、血の海に浸かろうか。ワイングラスで飲むのもいいね。セックスの時だって欠かさず血を使ってあげよう、ローション代わりでもいい、僕を噛んだって許してあげる、鉄臭い香りの中で、一緒に気持ちよくなろう?」


だから早く僕を受け入れて、僕で手を打てばいいのに。
異常戦闘欲の僕と、異常血液愛の君、ほぅら、物騒で、歪で、どこまでもお似合いだ。あまりに魅力的な提案に、茫然と僕を見上げる名前の顔を見下ろして、艶然と微笑んだ。