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彼は最近、どことなく雰囲気が変わったように思う。何が、と聞かれて即答できるわけではない。なんとなく、というのが一番近いのだ。それでも、彼の変化を敢えて言葉に出すのなら、そう…色っぽい。彼は最近、妙に色っぽくなった。何か劇的な変化が出てきたわけではないのに、以前より視線が集まる。それも、大多数を占めていた恐怖を孕むものから、独特の甘いものに変わっている。
ふとした時…そう、コーヒーを飲む手つきや、髪を掻き揚げる仕草、ペンを口元に持っていく動き、陰鬱に染められた溜息…そこには確かに、以前になかった艶が含まれている。それらは到底、一介の中学生が醸し出すものではない。
それもそのはず、彼と初代ボンゴレボスことジョットが交際を始めてから、彼の元には初代の守護者、そして歴代のボンゴレボスがちらほらと訪れ始めている。その動機は、敬愛の対象とでも言うべきボンゴレプリーモの愛した人間がどんなものなのか、是非ともお目に掛かりたいという一般的な理由から、あの破天荒なじゃじゃ馬を手懐けた子供に彼の扱い方を伝授してもらおうというなんとも切実な理由があったりと様々である。
激動の動乱期を生き抜き、その上一生涯を終えた人間と何度も接していれば、自然と箔も付いてくる。そうして大人達の中に身を置くうち、雲雀にはえもいわれぬ色気が身についてきていた。
突然の彼の変化に、大多数の並中生が首を傾げ、また引き付けられていた。


そんな中、件の彼を悲哀に彩られた瞳で見つめる一人の男子生徒がいた。
沢田綱吉。一週間ほど前まで、彼、雲雀恭弥と付き合っていた男である。そして、学校の中での、色んな意味での有名人だ。彼の周りのは、実に色々な人間が集まってくる、そして、大小様々ではあれど、彼に好意を向けていた。友愛、尊敬、恋愛、愛玩…彼は大勢に愛されている。だが、そんな彼を恋人として独占していた雲雀は、つい一週間前に、彼を自発的に手放した。

「愛されたかった」
「愛すだけは耐えられなかった」

だから、手放した。愛されることに慣れすぎた綱吉は、確かに雲雀を好いていたかもしれないけれど、その愛を伝える方法にあまりに乏しすぎた。愛すだけではあまりに空しくて、あまりに一人ぼっちだと思い知らされて、自分の心を傷つけるだけにしかならなかった。だから、離れた。
自分が弱すぎたせいだと雲雀は言う。そんなことはないのに。一途に雲雀を恋い慕うジョットは、そんな雲雀をいっそう愛おしく思う。
ただただ注がれる愛を知らない雲雀は、自分に向けられる愛情にとても敏感で、不器用ながらも必死にそれ以上の愛を返そうとする。
少しずつ自分に慣れ始めた雲雀の微笑みは、壊れそうな脆さと甘やかで透き通った瑞々しさに満ち溢れていて、こんなに綺麗な笑みをいつも綱吉ばかり独占していたのかと思うと、禍々しい嫉妬の炎が溢れてきそうで、自分が恐ろしくなるほどだ。
それでも、今、雲雀の隣にいるのは、自分だ。自分だけが、そこにいることを許されたのだ。退いてなんかやらない、先にそこを手放したのは、綱吉の方なのだから。



「アッロードラ!」校門の前で風紀検査をしている雲雀の元に、ジョットが駆けていく。リボーンに雲雀との交際宣言を果たし、指輪に宿る歴代ボス、そして自分の守護者達にも自慢しまくったことで、堂々と雲雀に会いにいけるようになってから、ジョットは現代の服装に身を包んで行動をしていた。
スーツにマントではなく、今時のラフな服装に身を包んでいるジョットは、その童顔もあいあまって大学生にも見えるほどだろう。
キラキラとした金髪が風に靡いて、雲雀に会えるという嬉しさに満ち溢れたその表情は子犬のような無邪気さに彩られている。「…ジオ、」勢い余って飛びついたジョットを、溜息交じりに軽々と受け止める。「久しぶりだな、アッロードラ!」混じりけのない綺麗な微笑みは、見るものを魅了する。そんな笑みに邪気を抜かれたのか、苦笑しながらもそのふわふわの髪を柔らかい手つきで撫でる。初めて人前で見せるその微笑に、遠くから見ていた綱吉は、一層心を痛めていた。
今までは、その笑みは自分だけのものだったのに。それでも、彼の隣を手放す結果になったのは、自分自身だ。
あの日、彼に別れを告げられたあの時、呆然とする足で必死に彼を追いかけた。追いかけて、追いかけて。そこで初めて、自分の過ちに気付かされたのだ。


さよなら、綱吉。
僕はね、君に愛して欲しかっただけなんだよ。
…綱吉、愛してた、よ。
一度でいいから、好きと聞きたかった。


そうだ、自分は、彼に愛されるのに慣れすぎて、一度も返そうとはしなかった。彼が好きだと囁いてくれることに甘えて、努力することを放棄した。馬鹿だ、本当に。それで幸せな人間なんて、いるはずがないのに。
「Ti amo.allodola!」「…Grazie.」自分と違って、素直に愛を伝えるジョット。公衆の面前での愛の言葉に、少し照れ臭そうにしながらも、満更でもなさそうに答える雲雀に、また胸に突き刺さるような心地がした。
それでも、彼はこちらを見てくれない。
先に手を離したのは、自分の方だった。




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