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こんなはずじゃなかった。
雲雀の心境は、まさにこれの一言に尽きる。どうしてだ、だって、ただの暇潰しで、そうして、単なる復讐の一環だったはずだ。
好きだと言われた。憎くて憎くて堪らない、一時さえも忘れなかったあの男。六道骸に。

好きなんです、君が好きだ。愛してる。
そんな世迷言をほざくから、トンファーでぶん殴ってやろうと思って……止めた。
代わりにイエスと返事をした。裏切ってやろうと思ったのだ。その言葉が嘘か本当かは知らないが、自分に骨抜きになるまで惚れさせてやって、そうしてこっ酷く振ってやろうと、そう思った。それを復讐にするつもりだった。
積もりに積もった深すぎる憎悪は、苛烈に心の臓で燻ぶって、そうしていつしか、愛に変わった。愛憎という言葉を身を持って知った瞬間だった。

何故。如何して。そんな疑問ばかりが胸中を巡る。
あれほど嫌いだったのに、あれだけ憎んでいたのに、嗚呼。如何して。ふざけるな。ふざけるな。
毛嫌いする草食動物と同じものに現を抜かす自分が一番憎たらしかった。心底憎かった。
トンファーを振り被り、手当たり次第に咬み殺す。老若男女問わず、不良も委員も構わず、ただひたすら暴れた。自身のうちに鎮座する凶暴な衝動が飼い殺し切れず溢れて暴れて、悲鳴と怒号と血潮が飛び交った。けれど。
自身ではもうどうしようもないと思っていたその衝動が、唐突に現れた白い指先によって、あっさりと封じられる。


「…前後不覚になり過ぎだよ」
「……誰、」


現れた真っ黒の男は、僕と名乗った。
「僕は君だよ、そして君は僕だ」確かにそう言ったのだ。そしてそれが、妙な現実味を持った事実として、自分の中に入り込んだこともよく覚えて居る。
黒い髪、黒い服、黒い眸、白い肌、赤い唇。全てが僕に似ていて、全てが微細に違った。彼が未来の自分だと知ったのは、それから一ヵ月後のことだった。
勝てないのは当然だ。何せ、彼は、今の自分が十年の経験を積んだ状態。……むしろ、これで自分が勝ってしまったら、自分は成長がなかったのかと落ち込むだろう。
日に日に蓄積していく苛立ちと憎悪と愛情。どうしようもなかったそれを、晴らす方法を提案したのも、また彼だった。


「あの男に振り回されるのが嫌なら、僕に依存すればいい。僕は君で君は僕なんだから、何をしようがどんな感情を抱こうが、一人の中で完結する。」


その甘たるい背徳と逃げ道に釣られたのは、決して僕だけではなかった。




「僕は君で、君は僕だ」
「僕は貴方で、貴方は僕だ」


いつしかその言葉が合言葉のようになった。
互い、目の前にいる存在は自分なのだと、決して他人ではないのだと言い聞かせ、また、戒める言葉だったはずが、いつの間にか背徳の蜜の味を高めるための言葉へと摩り替わる。

放課後の応接室。絡み合う身体に、これは自慰だと言い訳をして。
現在の自分と、未来の自分。現在の自分と、過去の自分。
成長し、成熟した身体と、幼さを残す、未熟な身体。
閉じたカーテンの隙間から、薄ら入り込む夕陽に、だらしなく快感で蕩けた顔が照らされる。
嗚呼。そうか。自分はこんな顔で喘いでいるのかと、冷静な部分がせせら笑う。
この時代の、中学生の雲雀の上に乗りかかり、腰を打ち付ける、成長した大人の雲雀。十年経てば、自分もこうなるのかと、肌蹴たシャツから覗く引き締まった筋肉を柔く撫でた。その仕草に喉で笑い、中学生としては十分な筋肉のつく白い肌を指でなぞる。
その動作を、くすぐったいよ、と可笑しげな笑声と共に突っぱねて。そうして、眼前の、白く固い大人の肌に、唇を寄せた。
わざと音を立てて、そこに吸い付き、艶やかな痕を残す。幾度も身体を重ねたけれど、それは初めての行為だった。それを見て、大人の雲雀が、いいのかい、と笑った。
いいよ、と、笑い返す中学生の雲雀の肌に、御返しのように、痕を付け返す。
どこか最後の理性で繋いでいた、未練を自身で断ち切った瞬間だった。

多分、このとき。
雲雀恭弥は、完全に六道骸を裏切った。
自分自身の想いを裏切った。



自分を愛する、ナルシストとはまた違う。
何処までも歪で寂しい、究極の自己愛を。

きっと僕は、自分が可愛いだけだった。
自分を守りたいだけだった。





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