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「…僕は思うんだ」

春、桜の季節もすでに過ぎ。
季節は初夏に移ろうかという時期、並盛の秩序、最強最凶の風紀委員長こと、雲雀恭弥は、普段の学ランにワイシャツというストイックな出で立ちではなく。
シンプルな黒シャツに白いシャツを羽織り、首にはしゃらりと鳴る銀細工のネックレスをぶら下げ、右手には同じく銀のブレスレットを提げ。
おまけに、左耳には細いバーベルピアスが一つ、ライトに反射して光っている。
髪は学校で見かけるそれより、もう少し長い。雰囲気はがらりと変わっていて、雲雀恭弥に怯える並中生なら、一見しただけでは解らないだろう。

そんな彼は、右手にマイクを握っていた。
脚を組み、ソファに深く腰掛けて。
そうして。隣に、唯一完全に気を許しているといっても過言でない親友、凪を座らせて。
最強孤高の風紀委員長、雲雀恭弥は、二つ先の街のカラオケにいた。



「…その、女の子のこと?」
「そう、見たときほんとびっくりしたよ」


薄暗い室内、テレビの画面が青白い光を放つ中。
陰鬱の色を孕んだ呼気を吐き、くると指先で、黒いマイクを転がす。


「その子。僕の記憶が正しければ、男の筈なんだ」
「男…」
「それで、彼は、勉強も運動も出来ないとして、クラスメイトから爪弾きにされてた筈なんだ」
「爪弾き…」


「なのに、女で。おまけに並中の天使ってどういうこと?」



風紀委員長、雲雀恭弥はトリッパーである。
もう自分の名前も顔すら思い出せないレベルで記憶は霞んでいるが、前世の記憶とやらをもって再度の人生を歩んでいる。
まぁ、実質。薄らこれからの未来を知ってる程度なので、二回目というほどでもない。自分としてはこっちが本体のつもりだ。

そして、そのなけなしの記憶を探るに。
現在話題に出ている人物は、沢田綱吉という名の「男」だったはずなのだが。
どうして僕の見た人物は、沢田奈都という名の「女」なのだろうか。

此処は、所謂漫画の世界。
憶えてる未来は、原作という奴だ。
僕の記憶が正しければ、僕自体は、本来此処にいるはずだった人物とあまり変わらない。
自身の感覚として、転生したというより、僕に薄らと前世の記憶がある、という感じなのだから。
だからほとんど、変わらない。

…凪に。男になるにはどうしたらいい、って聞いたせいで。
女の夢を詰め込まれた「男」の一面が、あるというだけで。



それに引き換え。彼、否、彼女はぶっ飛んでいた。
共通点といえば、立ち位置、名字、色彩くらいじゃないんだろうか。
それくらい、彼女、奈都と綱吉はかけ離れていた。
それを見て、僕は決めた。凄い朧げな記憶を頼りに原作通り…覚えている未来通りに、進めるのは、諦めようと。
なんか多分無理な気がする、彼女がいるから。
そうして開き直って此処に来た次第だ。凪のリクエストを数曲歌ってやり、今、本題に入っている。
…ちなみに。彼女は僕を美声だ、歌が上手いと褒めてくれるけれど。それ、多分中の人のおかげだよね。
うん、一応ありがとうと言って置こうか、届かないだろうけど。



「…これから。どうしようかなぁー…」
「……恭弥、の、」
「…?」
「恭弥の、好きに、すればいい。私に、とって……恭弥は、恭弥だけ、だから…」
「……ありがとう、」


小さく。本当に、小さく。
聞こえないくらいの声音で、呟いた。
聞こえていたのか、いないのか。マイペースに機材弄る凪の横顔。
やっぱり美少女だよね、って、それを見詰めていれば、ピ、と響く電子音。
動き出す画面。


「…歌って、恭弥」
「……ん、」


僕の、好きに。
―――――そうだね。

うん、と、頷く傍ら。
傍で小さく、笑う気配があったから、僕は僕の道を歩む。









…それに。
何か、関わらない方がいいんじゃない?って予感がガンガンと。
僕に、超直感はないはずなんだけどね。


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