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大切なものをなくしたのだと彼は言った。


僕の愛した人はあまりに美しい人でした。烏の濡れ羽のような漆黒の髪に、澄んだ黒曜石の瞳。日焼けを知らない透き通った白磁の肌は思わず咬みつきたくなるほど美しく、その肌にあの朱を垂らした様はなんと神々しいことか!
とにかく、僕は彼を愛しているのです。そして、彼も僕を愛してくれました。ああ、世界はなんて美しいのでしょう。あれほど憎んでいた世界を、ただ一人の存在でこうもたやすく塗り替えられてしまうとは。どうも、彼は人を狂わせる性質をもっているらしいです。
堂々とした立ち姿は見惚れるほどに美しく、儚く散り行く桜の如く、いつか消えてしまうのでは、と不安に駆られてしまいます。


ああ、また話がずれてしまいました。とにかく僕は、彼を愛しているのです。だから、大切なものを失ったという彼の言葉に酷く嬉しく、そして哀しくなりました。そう呟いた彼の顔は月明かりに煌めく粉雪のせいか泣いているようにも見えて、思わず見とれてしまいました。強い彼が泣くはずないのですが、それと同時に、かれはとても弱いから。


何をなくしたのか、「誰」をなくしたのか。
僕は彼にとって、なくして悲しまれる存在でしょうか。それが不安でなりません。怖いのです、溺れているのが僕だけのようで、不安で不安で堪らないのです。ごめんなさい、恭弥。貴方を試すような真似をした僕を許して。こんなことをしなければ、貴方の愛を信じられない僕を、こんな汚い僕を、どうか許してください。好きです、恭弥、貴方を愛しています。どうか、どうか、捨てないで。


「…何を泣いているの」
「すみ、ません…」


ああ、ああmやっぱり貴方は僕を愛してくれていました。見知らぬ人間の身体に憑依して、己が身体を何ヶ月も放置して植物人間も同然になった僕を、貴方は大切なものと言ってくれました。なくして、哀しいと言ってくれました。そして、他人の身体の僕に気付いてくれました。何してるのさ、と呆れたように笑って、いつも通りに抱きしめてくれました。ぽろぽろ、ぽろぽろ、と、溢れた涙はせきを切ったように、とどまることを知りません。
彼が愛しい、と、全身が叫んでいました。









(さあ、帰ろうか)
(はい…)
(今夜は覚悟しなよね、数ヶ月もお預けにするなんていい度胸じゃない)
(っ…そんなの、覚悟の上ですよ)
(ワォ、言ったね)


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