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「善にも強ければ、悪にも強いというのが一番強力な性格である」
「ニーチェの言葉、だっけ?」
「そう。人間的なあまりに人間的な」
「それがどうしたのさ」


今の時代に珍しく、内装ホロをまったく使っていない部屋にて、白と黒の二人の青年が紅茶を片手にぽつりぽつりと談笑していた。
白い男の方は、槙島聖護といった。何もかもが白い、真っ白な男だった。
その髪も、肌も、そして、色相すらも。整った顔立ちの中に埋め込まれたシトリンのような瞳が、それらの美しさをなおさら際立たせている。
波打つ紅茶を見つめながら、正面に座る男、雲雀恭弥に言葉を投げかける。
槙島とは相対的に、雲雀は何もかもが黒かった。
唯一黒でないのは、槙島同様真っ白なその肌であろう。陶器のように滑らかな肌には染み一つなく、その体格に反して華奢な印象さえ与える。
それでも、肌以外の全ては、その目の覚めるように鮮烈な黒で埋め尽くされていた。黒い髪、黒い瞳、黒い服、そして、黒い色相。

全く対照的な二人は、世間一般に言う兄弟という関係であった。
とはいえ、血そのものは全く繋がってはいない。所謂、義理の兄弟というものだ。故に名字も違う。
双方、一癖も二癖もある非常に厄介な性格ではあるものの、兄弟仲は、それほど悪くは無かった。
彼らは時々、こうして問答の真似事をする。答えが欲しいわけではない、ただ、相手の思考を知りたいという知識欲の延長のようなもので、とりたてて深く考えるようなものではないのだ。
むしろ、考えて導き出した返答よりも、直感的に口から零れた言葉の方に期待している節がある。


「君のようだと思った」
紅茶に口をつけて、再び槙島が言葉を零す。
「僕?」
「そう、君。…善に強く悪にも強い、ということは、どちらでもない者でなければならない。そして同時に、どちらにもなれねばならない。ぶれることのない価値観と意思を持ちながらも、立場は常に不安定でなければならない。たった一つの信念…いや意思しか持ち合わせていないというのに、黒にも白にも、悪にも正義にもなれる君は、ニーチェの言う強力な性格であり、力となるだろう」
「…僕の不安定なサイコパスのことを言ってるの?」
「それもあるし、他にも言える」
「ふぅん…」


槙島聖護は、濁らないサイコパスの持ち主だ。
彼は何をしようとも…そう、それこそ殺人を犯そうとも、その色相は限りなくクリアで、美しいまま。
その容姿のように、どこまでも真っ白で清廉な人物であると色相が示す。
雲雀恭弥は、不安定なサイコパスの持ち主だ。
彼の機嫌、気分、それらによって残虐な潜在犯だとも、人畜無害な人間だとも判断される。
殺人を犯した後でも、機嫌さえよければ色相はクリアで、犯罪係数も極めて低数だということも少なくない。
槙島は常に白であるけれどど、雲雀はどちらにも転ぶ。


「お前たち高名なるすべての賢者よ、お前たちは、民衆と民衆の迷信に奉仕してきたし
、真理には仕えなかった。そして、それゆえにこそ、人は、お前たちに畏敬を払った」
「…ツァラトゥストラかな?」
「そう、昔はシヴュラじゃなく人が世を治めた…この言葉は、まさにそれを表しているじゃないか」
「民衆と民衆の迷信に奉仕してきた賢者…そしてそれ故に畏敬を払われた。けれどシヴュラは違う」
「そうだね、シヴュラは真理にこそ仕える。だから僕は、アレに敬服しようとは思えない」


嫌いではない。
歴史を学べば学ぶほど、社会は格段に進化してきている。
けれど。

受け入れない。
身体が、精神が、心が、魂が、本能が。
アレを異物と認識して、消化してくれない。
圧倒的に、自分とシヴュラは噛み合わない。だから駄目だ。
共存できない、受け入れない、享受出来ない。

ならば自分は異物か?異常か?特異か?
少数派というだけで、異様か?
奇怪は、自分達の方であるのでは、と、どうして考えない?


だから嫌いなんだ、あんなもの。
出て行く寸前、雲雀がぽつりとそう零す。
それを拾って、槙島は優美に微笑んだ。

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