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憂いたように瞳を伏せる、その子供の横顔がやけに頭にこびり付いていた。




たびたび人の邪魔をしてくるうるさい群れ…の、中心。
強いんだか弱いんだかわからない不思議な生き物。
砂糖のように甘ったるい子供。
たくさんの人間に囲まれて、おひさまのように笑う子供。
…覚悟を決めきれない、甘ったれ。

僕の中で、彼はそんな認識だった。
わからないことだらけだった。どうしてそんなに笑っているの?
どうしてそんなにお人好しな行動ばかりできるの?
わからない、わからない。

でも。
別に、わかろうとは、しなかった。

だってどうでもよかったから。
鬱陶しい群れがしつこく僕に構ってきても、彼は別に自分から関わろうとはしなかった。
下手に馴れ馴れしい態度をとらなかったし、僕を"仲間"だなんて気持ち悪い呼称で呼んだりしなかった。
それはとても好ましい距離感だったし、唯一の良識ある人間でもあったと思う。
その一点に関しては好感を持てたのだけれど、よくよく考えればそれが普通ではないだろうか。
ああ、いけない。僕も彼らの理不尽に絆されてきていたか。




だから、なのかもしれない。
彼が泣いて、僕の前に現れたことに酷く驚愕したのは。






「ひばり、さん」
「おれ、もう嫌なんです」
「自分が偽善者すぎて、いやになるんです」


話を聞いてやろうと思ったのはただの気紛れだった。
多少の興味をもっている生き物の意外な一面を見て気を良くしたからなのか、それとも、ただの好奇心だったのか、それは定かではないけれど。
ただ彼が、偽善と善意の間を危なげに揺れる己に気付いていたというのに酷く違和感を覚えていた。

優しい、子供だったから。
お日様みたい笑う子供だったから。
彼は、優しい世界だけ見ているのだと思っていた。

とんだ勘違いだった。
ああ、彼も、汚い世界を知っているじゃないか。
自分自身という名のドロドロとした醜いものに向かい合ってぐちゃぐちゃになって、どうしたらいいのかわからなくなって、それで。
そうして得る絶望という蜜の味を知る、一人の人間だった。
知らず口角が釣り上がる。
遠い世界にいたようだった彼を、初めて自分の隣に感じていた。
僕は初めて、自分と同じ世界を見つめる人間の存在を認識したのだ。




「おれ、おれ、全然やさしくなんかないんです」
「ぜんぶ自分のためなんです」
「ダメツナって呼ばれてた俺は、価値が欲しくて、すがってるだけなんです」
「みんなのために、みんなのためにって」
「本心です、まちがいなく俺の本心です、でも」
「みんなのために、を、理由にするおれは、汚い…!」




初めて、自分のためだけに泣いたこの子を見た。
汚いはずの涙は綺麗だった。
ずっと、こんな想いを溜めていたのだろうか。
ずっと、一人で。
ああ、なんて――人間らしい。


馬鹿で愚かで甘ったれで、綺麗事しか知らない子供。
そんな認識は、訂正しようか。
馬鹿で愚かで甘ったれで、でも、綺麗事は所詮絵空事だと知っている、子。
自分の汚さを自覚して、それを悲しんで泣ける子供。
こんな小さな子供に、大空だなんて重荷を背負わせたのは一体誰だ。
ほら、この子はそれに耐えられずに、潰れそうになっているじゃないか。
辛いと、誰にも言うことすら許されずに。



「俺は、正しくなんかないんです」
「絶対的な正義なんて、どこにもない」
「骸や炎真たちと戦って、思ったんです。正義も悪も、簡単に反転する…自分は正しいと思っていても、実は悪だったなんて、そんなことになったら…」
「おれは…自分が悪になるのが、こわいんです」



何が正しくて、何が間違っているのか。
そんな基準などどこにもないのだと。
気付かなければ、優しい世界だけを見ていられたのにね。

でも、僕は。
それに気付いたその瞳の君の方が、今までよりよっぽど好きだよ。
優しいだけの子供になんて、興味ないからね。


彼が言って欲しい言葉くらいわかっている。
僕の前でこんなことを言ったんだ、それくらいすぐわかるよ。
だけどね、言ってあげない。
その代わりに、君にこの言葉をあげるよ。







「     」







だって。
それは、僕が言ったって、何も変わらないだろう?










→謝罪と言い訳と解説と後書きと




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