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この恋が叶わないならせめて共に死のうだなんてありきたりな言葉だ、ありきたりすぎて笑ってしまう。皆揃ってどこぞの作家の書いた小説に陶酔して自分に酔っているだけなのだ。悲劇という甘い蜜の味を覚えてしまえば、麻薬に狂ったかのようにその快楽から抜け出せず、そのまま、麻薬を求めて破綻するジャンキーのように、命というチップを死神に渡して悲劇を得てしまう人間のなんと多いことか。特に、自分達の生きている、この世界は。
とすると、私達はここでいう死神なのだろう。
くだらない茶番劇の中で、悲劇のヒロインよろしく揃って悲劇に陶酔する一組の恋人達の命を狩りに来た、無慈悲な死神。
別に珍しいことではない。この世界では日常茶飯事であるのだし、こんなことで一々同情なんかしていたら、こちらの命が危ないのだ。
殺すか、殺されるか。それだけだ。
黒く、品のよいスーツに身を包んだまさに死神のような彼の握るコルトガバメントが、死神の鎌のように静かに職務を全うした。


「…終わった?」
「うん、終わった…帰ろう」


鼻につく硝煙の香りに慣れたのはいつからだっただろうか。たった今二つの命を奪ったばかりの、この大きな手に手を引かれることが自然になったのは、一体いつからだっただろうか。それさえも、すでにどうでもよいのだ。ああ、どうやら私も彼と同じく、どこか人間として欠けてきたみたいだ。まだ、暑いね。残暑だからね。ホテルまで近くてよかった。そんな他愛ない会話を交わして、仕事の為にと借りたホテルの一室へと戻る。ホテルのランクのわりにはそれなりに綺麗な部屋に入って、交代でシャワーを浴び、少量だが浴びてしまった返り血を洗い流す。汚れたスーツはクリーニングに出そうか、いや、いっそ捨ててしまおうかなどと考えながらシャワー室から出ると、彼はスラックスに黒のシャツというラフな格好でベッドに腰掛け、珍しく煙草を吸っていた。カーテンが開け放たれているせいで、夜景が目前にダイレクトに広がっている。長い脚を組み、濡れた髪もそのままで気怠げに紫煙をくゆらせる様は、見慣れた私であっても思わずぞくりとするほどに妖艶で、艶っぽい。吸い寄せられるように彼のもとに歩み寄って、シャツの肌蹴られた胸元へと擦り寄る。腕の中に囲われて、何も言わず重ねられた唇からは、ほんの少し苦い煙草の味がした。自分の口から甘ったるい声が漏れるのをどこか他人事のように感じながら、ああ、煙草を持ちながらのキスは危ないよなぁ、なんてくだらないことにばかり思考は移っていく。そういえば、ボンゴレボスこと沢田綱吉くんが恋人と別れたなんてことを言ってた気がする。一般人の恋人だったから、こちらに巻き込みたくなくて、普通に生きて欲しくて別れたらしい。
なんとも美しい、ありきたりな不幸だ。ありきたりだから悲しいのだ。これが悲劇なのだろうか、そのわりには、彼は死神には何も売り渡していないなぁ。……。ああ、そうか。彼は、悲劇なんて求めちゃいなかったのか。求めていたのは、幸せだったのか。だからこんなにも美しいのか。世の作家達がこぞって悲劇を書きたがる気持ちが、今わかったような気がした。


「…何考えてるの?」
「悲劇について」
「ふふ、なに、それ」


愛とはかくも美しい。悲劇に酔って心中するも、幸せを願って別れるも、それらは全て愛なのだ。それならば、私と彼の愛も美しいのだろうか。お世辞にも綺麗とは言いがたい執着と愛着と愛執で出来たような愛情も、これも愛と呼べるのだろうか。彼のキスで溶けそうな思考の中で、出来たら彼と一緒に死ねたらなぁ、と、薄ぼんやりと思った。










はすべての生き物にとって同じである
(その果てに何を求めるか、何を捨てるかの違いだけ、)



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