夏の終わり。
普通の家の三、四軒は軽く入ってしまいそうな大きな純和風の屋敷で、雲雀は玲の膝に頭を乗せ、すやすやと穏やかに眠っていた。
辺りから聞こえる蝉の声は次第に小さくなり、風鈴の音に乗って遠くから聞こえてくるだけになっている。
暑さを嫌う雲雀がクーラーをつけて部屋を冷やしていたのだが、不意に外を見たくなった玲が障子を半分ほど開け放つ。
繊細に造られた庭は、何度見ても飽きることのない美しいものである。
庭から流れ込む生温い風が、玲の膝に頭を預けている雲雀の、ふわふわとした柔らかい猫っ毛を弄ぶ。
男とは思えないほどに白く、透き通った雲雀の顔にかかるその髪を払ってやって、玲はのんびりと外を眺めていた。
しばらくして、雲雀が目を覚ました。
ん…と、鼻にかかるような甘い声を出して、長い睫毛を震わせて、瞼を持ち上げる。
もぞもぞと体勢を変えて、玲の腰に腕を回し、抱きついて落ち着く。
しばらくそのままでいたが、不意に上半身を起こして、玲の唇に自分のそれを重ねる。
「ん…、」
「…玲、おはよう」
にこり、と。
雲雀が、笑った。
それはおおよそ彼に似つかわしくない、子供染みた無邪気な笑み。
それは、どこか異常な。
どこか欠けた。
どこか狂った。
どこか歪んだ。
どこか壊れた。
ピースの欠けたパズルのような。
片腕のない、ガラスの踊り子のような。
違和感で構成された、微笑み。
沈みゆく夕日が、その、背筋の冷えるような無邪気な笑みを、どこか妖艶に、アンバランスに照らし出していた。
そんな雲雀を見つめる玲の瞳に、光はない。
寝起きの雲雀より焦点が定まっておらず、視線はぼんやりと宙を彷徨っていた。
「……きょうやさん、」
「うん?」
「おはよう、ございます」
「おはよう」
「…あいしてます、きょうやさん」
「…僕も、」
壊れたのはだあれ?
狂ったのはだあれ?
壊したのはだあれ?
水葬の微笑み (僕を壊したのは君で、君を壊したのは、僕)
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