short | ナノ


あの男と私の間に明確な関係などなかった。
ただ、時折ふらりとやってくる彼と言葉も交わさずに身体を交える。それだけだ。
けれどそれは遊びというにはあまりにしとやかで、愛人と呼ぶには情に薄く、そして、恋愛と呼ぶにはどこまでも透き通りすぎた感情でしかなかったのだ。

彼は、少なくとも一ヶ月に一度は私の家を訪れる。
家とは言っても、それは、あの男が私に買い与えたマンションの一室である。
音もなく彼はふらりとやってきて、ただ私を抱く。下手をすれば一度も会話がないことだって稀にあるくらいに、彼とのセックスは静かなものだった。

彼はいつも、全身に黒を纏っていたけれども、服を脱いでしまえば、黒と言うより、むしろ透明のようだった。
そう、それは白ではない。
その肌は真っ白で雪のようだったけれども、彼は決して白ではなかった。
どこまでも美しかったけれど、白ではなかったのだ。

男の名は雲雀といった。





「君は、名前が欲しいかい?」

二週間ぶりにここを訪れた雲雀が、セックスの最中に、不意にそう問いかけた。
涼しい顔をして腰を動かすその器用さには感心を覚えるものだが、いい加減それにも慣れてきた私は、けれど不規則な快楽になすがままにされながらも、閉じていた瞳を開けて視線を合わせた。


「…名前…?」
「そう、名前、僕と君の関係の」

なるほど。主語と述語がてんでばらばらに解体されていた彼の言葉の意味は、要するに、関係性の名称の有無を問うているらしかった。
いきなりどうしたというのだろう。
彼の、意図の不明瞭なその言葉を、一度分解して反芻する。
今まで、そんなことを尋ねたことは一度もなかった。そんなの、私と彼の間には必要がなかったのだ。


「必要性は感じないけれど、貴方が欲しいというのなら」

正直にそう答えたが、彼の表情は若干陰った。
心情を代弁するかの如く、体内を穿つ彼自身の動きが早まる。
漏れる声を噛み殺しながら瞳を覗き込めば、不可思議にゆらゆらと揺れた、硝子玉のような黒曜石が私を見つめる。

…ああ、そうだった。
ここに来るとき、彼はいつも、一度はこんな瞳をする。

何か言いたげな瞳で私を見つめていて、それでいて、決して何も言わない。
だから、私も何も聞かなかった。
幼子のように震える瞳は、見なかったことにしていた。


「名前なんていらない」

珍しいこともあるものだ。
焦ったように突き上げるその律動を感じながら、僅かに震えたその声を夢現つで聞いていた。
いつも、彼に抱かれながら感じていたこと。
彼はどこか、情緒不安定だ。
この家にいる間は私から離れようとはしないし、離れても、いつだって目の届くところにいる。
それが、今夜は特に顕著に現れている気がした。

私は彼の拠り所だったのだと思う。
縋りつくように抱きつく彼を見ていると、自然とそう思った。
曖昧なままでいいのだ。この関係は。

あやすようにその背を撫でてやれば、月明かりに照らされた彼が、僅かに笑った気がした。






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