血に染まるのは好きだ。
相手の歪む表情に、その顔をぐじゃぐじゃにした時の相手の悲鳴。
だけど、それは仕事。
僕の本心もあるけど、したくはない。
理由は、あの子が泣きそうな顔をするから。
▽△
「おかえりなさい、恭弥さん」
僕が帰ってきた時、ウサギみたいに耳を立てて此方にやって来た玲。心配させたくないから、泊まっていたホテルの風呂で血を洗い流したけど……バレてなくてよかった。
彼女とは所謂将来を誓った仲だった。今は恋人、または婚約者だけど……ちゃんと結婚する。
というより、僕はこの子以外と結婚云々ではなく、付き合いたいとも思わない。それくらい、愛しい。
「ただいま」
でも、愛の言葉も彼女に囁けない。好きすぎて、愛しすぎて、彼女を壊すくらい愛してしまっている自分が居るからだ。絶対に歯止めがきかなくなる。
自分の家に戻り、彼女の香りと、夕食だろう匂いがした。それだけで嬉しくて、口元が綻び始める。
「今日は恭弥さんが好きなハンバーグですよ!」
そんな態度も玲の声で我が覚めた。
途端に仏頂面になった僕だけど、ニコニコと玲は僕を見上げていて、やっぱり感情は隠しきれないなと悟る。
玲限定だけどね。
「うん」
「で、今日はお風呂とご飯どちらがいいですか?」
照れながらそんなこと言わないで。
でもベタな台詞が無くてよかった。確実に彼女をここで押し倒していたから。
お風呂は外で入ったから、素直にご飯と言ったら、温めますから、ソファーに座ってて下さいと言って玲は台所に消えていった。
玲に言われた通りに腰を下ろす。指図をされたとかじゃない。玲が僕を思って言ってくれたんだ。
(嬉しいな)
彼女が居なければ、こんな暖かい生活に触れることは無かったのだろう。あの暗い屋敷に月明かりが照らし、赤と黒に染まった屍の上で一生を過ごしていたのだろう。
そう思うと、彼女は僕の必要不可欠な存在なのかもしれない。
「恭弥さん、出来ましたよ!」
「わかった」
テーブルに運んだだろう玲は、エプロンを外しながらやっぱり笑みを浮かべていた。
向かい合わせで座り、テーブルのご飯を見下ろす。玲みたいに暖かくて、美味しそう。
「頂きます!」
「……頂きます」
パクパクと自分で作ったご飯を食べていく玲。無邪気で無垢な一般人だ。
だからこそ、護りたい。
「……恭弥さん、どうかしましたか?」
「…………君、そんなよく食べるキャラなの?」
「なぁっ!? や、止めて下さいよ! 私まだおデブラインには……い、いってないよね……!?」
素直に言えなくて、君を苛めるような発言をしてしまい、君はそれを真に受けて百面相をする。
本当は「愛してる」ともっと囁きたい。華奢な身体にたくさん触れたい。
だけど、手を伸ばそうとしたら、目の前に浮かんだのは真っ暗な世界の赤い人間。
触れられなかった。
「……変な顔」
「も、もう怒りますよ!?」
「君の怒るって、本当に怒っているように見えないな」
「う、うう……」
でも、それでも玲が大好きだ。
ちょっとだけ、ちょっとずつ君に近づければ良い。
君が壊れないように、愛してやれば良い。
「玲」
「何ですか?」
「愛してるよ」
そう言ったら君は真っ赤になった。「ふ、不意打ち過ぎます……」
へなへなと椅子にもたれかかる玲を見ていて、この程度でここまでなるのかと思うと不安で、だけど楽しみでもあった。
(次、君にキスしたらどんな顔をするかな)
君と触れ合うのは、僕の毎日の楽しみ。
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