short | ナノ


「終わった?」
「ええ、いつも通り、完璧よ」


繁華街の奥の奥。お世辞にも高級とは言いがたいホテルの一室で、私はたった今とある男を殺したところだった。醜く太った見るに耐えない醜悪な身体。常に恭弥というとびきりの美丈夫を見ている私としては、ふりとはいえこんな部屋まで共にするのは耐え難いことだけれども、仕事なんだから仕方ない。適当に誘って部屋に連れ込み、油断させて殺す。それがいつもの私の手口。ちなみに恭弥も同じ手だ。過保護な恋人のせいで絶対にキスすらしないという約束だけれども、その束縛はかえって心地よかった。


「何もされてないよね?」
「もちろんよ。気持ち悪くて触ってもいないわ」
「うん、上出来」


銃声が聞こえたと同時に部屋に入ってきた恭弥。床に伏したどこかの幹部だという男の死体を心底忌々しそうに睨みつけて血を踏まないように私に近づく。柔らかく髪を撫でて額に口付けを落とした。隣のホテルで、同じく女を一人殺してきた恭弥の白磁の美貌は殺人者だというのに(もちろん私もだけれど)どんな神様よりも神々しく見えて、思わずため息をついて見惚れてしまった。黒と白しかない色彩の中で唯一赤く色付いた唇がやけに映えていて、それに吸い寄せられるように自分から彼に唇を重ねた。


「ん…」


一瞬驚いたように目を見開いた恭弥だけれど、すぐににやりと笑って後頭部を引き寄せる。舌と舌の絡み合う卑猥な音が部屋に響いてなんだか変な気持ちになった。自分が殺した男の目の前で、男とキスしているなんて、いけないことをしてるみたいでドキドキする。いや、実際に不謹慎なのだろうけど。マフィアだなんて、流血と硝煙の香りが日常な世界に生きている私にとって、こんなことは何でもないのだ。不快でも何でもない。それより不快なのは、抱き合った時に恭弥のスーツから僅かに香った、あの女の移り香だ。随分ときつい香水をつけていたから、移ってしまったんだろう。気に入らない。恭弥がいつもほんの少しだけつけている、品のよいシーケーワンシーンの香りが台無しじゃないの。苛立ちを隠すように彼の胸元のシャツに縋り付いて、私の口の中を蹂躙する悪戯な舌に甘噛みしてあげた。そう、きっと誘ってるのね、私。少し乱暴に、使われなかったベッドに押し倒される。キスを続けながら器用にドレスを脱がせる恭弥のネクタイを解いてシャツを肌蹴させ、唇が離された隙に喉元に噛み付く。私が残したいくつかのキスマークと噛み痕しかない引き締まった白い身体にくらくらした。


「玲…」


真夏の夜の暑さも、熱帯夜の寝苦しさも、私の上で舌なめずりをする獰猛な獣のような男の色香には叶わないのだろう。素肌を絡め合えば、お気に入りの恭弥の香りしかしない。あの女の匂いの移ったスーツは後で捨てようと心に決めて、ひとまず目の前の恋人に溺れることにした。
奇しくも同じ時、彼が全く同じことを考えていたことは、空気を読んで窓から飛び去った黄色い小鳥しか知らない。










熱帯夜も溶け去る
  (背徳感も快楽に変えて、さぁ熱帯夜に溺れよう!)



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