short | ナノ
赤司玲という名のその少女は、兄と同じく真っ赤な長い髪を揺らして、兄と同じく凛とした立ち姿で、兄と同じく涼しい横顔で、兄と同じく全ての上に君臨していた。
一つ年下でも、その噂話は桃井の耳にも届いてくる。
成績は当然のように学年トップ。運動能力も優れ、帝光中女子バスケットボール部の一軍スタメンであり、また主将でもある。
男バス同様強豪である女バスを率いる彼女は、全てが優れていた。

「桃井先輩」
「あっ、玲ちゃん」
「お忙しいところ申し訳ありません。兄様が何処にいるか、ご存知ありませんか」
「赤司君なら、監督と職員室に向かったよ。そろそろ帰ってくるんじゃないかな」

よいしょ、という掛け声を落としながら、手に持っていた籠を置く。丁度洗濯に行くところだったのだ。
はらりと滑り落ちてきた自分の桃色の髪を耳にかけ、改めて彼女の姿に視線を戻す。
緩やかに流れる髪。燃えるような、その鮮烈な赤。赤司が女であったならこのような容姿だろう、という姿そのものだ。
ありがとうございます、と一礼する姿でさえ品がある。赤司を見ているようだった。

桃井と玲は同じバスケ部関係の女子同士であり、また、桃井は赤司が最も頼りにしているマネージャーであり、玲はその赤司の妹である。
その接点から、何かと顔を合わせることが多かった。
そうして会話する中で、当人から聞いた話だ。
赤司家の人間である以上、礼儀作法は身に付けて当然。自分の行いで兄に恥をかかせることは許されない。故に、自分は常に兄の隣に立っていても見劣りしない妹でいなければならないのだと。
そうある努力は惜しまない。敗北は、許されない。そういう彼女は、痛いほどに真っ直ぐで、どこまでも赤司とそっくりな表情をしていた。
その横顔に何も言えず、握り締めた掌の痛みは、今でも鮮明に憶えている。

「玲?」
「あ、赤司君」
「兄様、よい所に」

話をしていれば、かかる声。艶めいた、低すぎぬ低音。
そちらに視線を流せば、眼前の彼女と同じ、鮮烈なまでの赤。すべらかな白皙に、ルビーを嵌め込んだ双眸。玲と酷似する、怜悧な美貌。
彼がその場にいるだけで、空気がぴんと張り詰めている気さえ湧き上がる。
件の赤司の登場に、玲が静かに歩み寄った。
腰まで届く赤の髪が揺れる。上品なその空気に、違和感なく馴染む彼女は、確かにあの赤司の妹なのだろうと否応なしに納得させられる。
並ぶ美人兄妹。
嗚呼、綺麗だ。その長い髪が、伏せた睫毛が、聞こえる心地好い高温が、赤司と比べて、柔らかな曲線が。

き、れい…?

桃井はどくりと心臓が跳ねた。
見惚れていたのだ、その、うつくしい兄妹の姿に。それはいい。それ自体は可笑しな事では無い。二人は客観的に見ても、とてもうつくしいのだ。そうじゃない。問題なのは、自分の視線の先だ。

「…どうして、」

どうして、彼女を見ているのだろう。
どうして、赤司君ではないのだろう。

どうして。
ときめいたのが、同性なのだろう。

頭が混乱する、ショートする。桃井は駆け出した。籠がこけて、地面にぶつかる音がする、それすら、桃井の鼓膜を滑った。
可愛いと思った。綺麗だと思った。触れたいと思った。抱き締めたいと思った。キスしたいと思った。…欲しいと、思った。

頬を切る冬の風が冷たくて、切なくて。視界の端に黒子が見えた。
その姿は、今は見たくなかった。一度として、彼は応えてくれなかったけれど、それでも、今まで桃井は、彼を好きだと思っていたし、そう言っていたのだ。
裏切ったようで、騙したようで、申し訳なかったし、悲しかった。何が悲しいのかは解らない、でも、悲しいのだ。

冷たい風の中で、桃井は走った。溢れた涙が一雫、地面に落ちる。息を切らして、喉がからからに渇いて、叫び出したかった。
どうしようもない。
嗚呼、そうか。

これが恋か。

気付いて、また、泣きたくなった。





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