short | ナノ


その夜、全てが始まった。
きっかけが何だったかなんて、アルコールに犯された私の頭は全く記憶していないし、思い出す兆しもないのだけれど、その夜、私は一つの過ちを犯した。


私は、雲雀恭弥と寝た。


私には恋人がいる。それは、雲雀ではない。
イタリア人で、それなりに美青年であり、何より好青年だと思う。彼と私は付き合っていた。
ただ、最近双方の仕事の時間が大幅にずれていて、ろくに顔を合わせることも出来ず、すれ違うばかりであった。
先日も、その件で喧嘩をしてしまい、いまだ仲直りも出来ずにいる。

そんな不安と苛立ちに満ちていたからだろうか、アルコールが入ってふわふわとしていた精神は、簡単に彼を裏切ってしまったのだった。
過ちと呼ぶに相応しいその行為、しかも、相手が相手だ。


雲雀は、私と同じく恋人がいるにも関わらず、酷く女癖が悪いと有名だった。
恋人の名は、何といっただろうか…思い出せないけれど、確か私の所属するファミリーの同盟相手であるボンゴレの、確か秘書だった気がする。幹部全員と仲がいいことで色々と有名だ。
巨大ファミリーボンゴレの、ボス付きの秘書。その上ボスのお気に入り…なんとも、羨ましいほどの立場じゃないか。
そんな恋人を持ちながら浮気三昧だなんて、なんとまぁ高望みなんだろうか。
そう思っていたのだが、彼と話してみてわかった。どうやら、その彼女さんと雲雀は見事に噛み合っていない。双方に愛情とやらがあるからまだ続いているのかもしれないが、根本的に性質が違っていた。リスキーなことを好み安定した状態にすぐ飽きてしまうどこか子供染みた性格の雲雀と、誠実で大人しく優しい、太陽の下で笑うのがお似合いな彼女。昼と夜。出逢うことは有り得ない、添い遂げるなど不可能な二つ。
それでも付き合っているのは、きっとなんだかんだ言っても好き合っているからなんだろうと勝手に結論付けることにしておいた。


そんな飽き性の雲雀であるから、彼の浮気は「継続した愛人関係」ではなく、どうやら「行きずりの夜の相手」であるらしい。
一度関係をもった相手とは、よほどのことがない限り、一夜限りでさよならなのだそうだ。まぁ、雲雀が忘れていてもう一度、というのはあったらしいが。
お酒の勢いでそんな会話までしていたのを思い出したのは、彼に抱かれた次の日の昼間くらいで、ならば昨日で終わりだなぁと特に何の感慨も抱かず服を着替えようとしたところで、ふと動作を止めた。


「……」


着替えのポケットに、何かが入っている。取り出してみると、それは小さめの紙切れのようだった。中に書いてあるのは…数字と、アルファベットの羅列。極めつけは、すらすらと流暢に並んだ男の筆跡――「今夜、あのバーで。来る気があるなら電話して」
…雲雀の連絡先だった。
世の中に、これほど希少なアルファベットの羅列があるだろうか。そんなことまで考えてしまう。
彼の連絡先を貰った浮気相手が、自分以外にいるのだろうか。
知らず口元が歪む。そこにおいて、私を支配していたのは子供のような優越感に他ならない。誰もが憧れるあの美丈夫が、自分には連絡先を残していった。再びを求めた。


そこで迷わなかったのかと問われれば、私は否定の言葉を吐けぬだろう。
罪悪感はあった。彼への愛も、彼女への後ろめたさもちろんあった。
それでもその時の私は、彼との危険な遊びを選択したのだった。


「…もしもし、雲雀?」


さぁ、最高にリスキーなゲームを始めよう。
笑ったのは一体誰だったのか。





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