short | ナノ



静寂に包まれる朝の空間が嫌いだった。
隣のシーツはいつも冷たくなっていて、気付かないはずはないのに、自分で自分に枷を掛けて彼女が出て行く瞬間に起きることはない。
どうしてと叫びたくなった。

ただの遊びが、ただの火遊びが、ただの浮気が。
いつから、本気に変わってた?

互いに恋人がいる身で、互いがたまたま酔いが回っていたときに、偶然出遭っただけ。
偶然が重なっただけの一夜が始まりだった。
存外に相性のよかった身体と性格。
解ってたんだ、損得勘定で擬似恋愛をするような、恋人ごっこを興じるような冷めた自分と違って、彼女はきちんと恋人を愛していることを。
遊び、というより。恋人にぶつけられない醜いこころを、いつ切れても構わない僕にぶつけることでバランスを保っているだけなんだって。

知っていて好きになった。
そうだからこそ、うつくしく強そうに見えて。実は、酷く醜く弱く、脆い彼女を、まるで庇護するように抱き締めたあの夜に。
解った、気付いてしまった。

守りたいと想うと同時に、傷つけたかった。

けれど恋人であるその男に対しての嫉妬や嫉みは、彼女が最後には帰っていく場としての微かな羨望のみで、むしろ。人間染みた負の部分を、飾らない本物を見せられているのは自分の方なのだという優越感に大多数は塗り潰されていたのだった。
例え彼と立場を入れ替えることが出来たとしても、僕はそれを望まなかっただろう。

要するにどちらも愚かだったというわけだ。
彼女は貪欲だった。そうして貪婪だった。
本気で愛しているのはあの男のくせに、僕をも欲しがった。自分のものにしたがることは無かったけれど、自分を見させたがった。
そうして、僕は彼女のその傲慢が、決して嫌いではなかった。
誰よりいっそ女らしく、それこそが彼女の魅力を高めるというほど、彼女はそれをしても許されるだけの女だった。
僕がそれを許容される男であったように。

僕は自分を求める彼女を見るのが好きだった。
僕を愛していないくせに発する、恋人と別れてと望む言葉を聞きたがった。
いつしかそれが互いの合図になった。
それは互いの冷静な、一歩引いた理性的な部分で理解していたことでもあるし、そうであるからこそ、この戯れは意味を持つはずだった。

いつからか。
この言葉に、最初と違う悦と空虚感を味わうことが増えてきた。
彼女が僕を欲しているかの如く聞こえるその言葉は心地良かったけれど、同時、それがどこまでも虚飾に塗り固められているのだと、嫌と言うほどに突きつけたのだ。
だけれども。僕は、その悋気、嫉妬心すら、胸中で弄び、戯れに色を持たせる享楽へと転換させる方法を知っていた。
そうして、最初とは大分違ってしまったこの戯れを、自分をも誤魔化して、繕って、なけなしの矜持を保った。
そんな僕に、彼女は気付いているのか、否か。それすらももう、解らなかった。どうでもよかった。


どうしようもなくって割れそうになるこころで、ありったけの想いを込めて、消えそうな声で叫んだ。
君に気付いて欲しくて、だけれど、気付かれたくなくて。




「ごめん、君が好きだ」




か細くて、脆弱すぎるその声に、自分で自分を嘲笑った。





静寂が広がる朝





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