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「世界で一番美しくなりたいの」


誰もが羨むような艶めく美貌を持つ彼女は、ふと僕にそう漏らした。
美しくあるための努力を彼女は欠かさなかった。一日の大半をそのために費やし、必要とあらば整形さえ辞さない彼女の姿は一見すれば愚かにしか見えなかったけれども、その姿にどこか鬼気迫る今狂気めいた炎を感じて引き付けられてしまった。
確かに彼女は美しかった。艶やかな色気もあった。今まで抱いたどの女より具合がよかった。
だけど、そんなものじゃないと思った。
僕がどこか彼女に惹かれたのは、そんなことではなかった。


「ねぇ、恭弥。世界一の美人とは、どんな姿をしているのかしら」


彼女は世界一の美が欲しかった。
いや、世界で一番美しい。誰もが最高の美だと認めるものを見たかった。
それを自分で作り出したかっただけなのだ。


「それが見れるなら、何も私じゃなくていいの」


他人だって構わない、自分がそうでなくともいい。
ただ、美しい人が見たいのだ。彼女はそう言った。そう言って笑った。
誰より美を求めていたくせに、そこには私念が渦巻いていたくせに、彼女は誰よりも利己心からかけ離れていた。
それは芸術家のそれに近かっただろう。
自分でそれをするのは、他人では出来ないからに他ならない。他人の顔を気安く整形など出来ないが、自分の顔ならば好きに出来る。肉体改造だって、失敗しても構わない存在。それが自分だけだった。
だから自分をだから自分を使ったに過ぎない。
そして事も無げに笑うのだ。


「恭弥、貴方は美しいわね。貴方が女だったらよかった、そうしたら、私はもう死んでも構わないのに」
「余計なお世話だよ。…僕としては、僕が女じゃなくてよかった。女なら、君とは出会った瞬間にさよならだったろうからね」
「失礼ね、私が会った瞬間自殺するみたい」
「…言い方を変えようか。女だったなら、出会った瞬間に、僕個人としての価値が君の中で無くなるだろう?だから、嫌だ」
「貴方、女でも私を愛するの?」
「僕はバイでね」
「嘘吐き、この間男に迫られて蹴り飛ばしているのを見たわよ」
「…趣味じゃなかったんだ」
「男を抱くのも抱かれるのも御免だ、って聞こえたけど」
「…冗談だよ。まぁでも、君相手ならレズにくらいなってあげる。タチ限定で」
「あら、私もタチがいいわ?」
「僕は君を啼かせることに人生を賭けてるから無理だね」
「やっすい人生ね」
「高い酒よりマシだよ」
「いえてるわ」


くだらない会話をだらだらと交わす。
ベッドの中の睦言にしては、少々ムードとやらが台無しな内容だろう。
けれど、そんなことはどうでもよかった。

唐突に理解した。
そうか、僕はこの美しい女を、愛しているのか。
自覚したら唐突に、彼女より美しいだろう女だなんて、想像すらつかなくなった。
"世界一の美とはなにか?"
彼女の掲げるその問いに、答えを見つけた気がした。


「…ねぇ、玲」
「なぁに?」
「これからはどうか知らないけど、少なくとも、僕が見た中では…世界で一番、君が美しいよ」





これが答えだ。
そして君は、この言葉が欲しかったんだろう?










アフロディーテの憂鬱

  (「…愛してる、」)






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