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視界が霞む。
ぐちゃぐちゃと淫靡な音を立てて自身の身体を揺さぶるそれは何度達しても質量を失うことはなく、それどころか徐々に張り詰めてきているような錯覚さえ覚えてしまう。
わけもわからずただ救いを求めて彷徨う双腕は、白く滑らかではあれど大きく骨ばった彼の手のひらに逃がさないとばかりに握り締められシーツへと縫い付けられる。
自身の口から零れる言葉は常からは想像も出来ないような高くだらしのない嬌声がほとんどで、苦し紛れに唇を噛み締めてみても、それが面白くないとばかりに眉を顰めた彼が律動を早めることによってあっけなく無意味なものへと変えられてしまう。
唇を重ね舌を絡ませれば漏れる淫猥な喘ぎ声は緩和されても、その身を駆け巡る暴力的なまでの快楽はかえって増していくようだった。

もうどのくらいこうしているのだろう。
既に時間の感覚もなく、投げ出された四肢は自身の意に反して上手く動いてもくれない。
ひたすらに与えられる快楽を享受し、細身に見えて意外としっかりと筋肉のついた彼の身体に縋りつく。
普段、平熱より幾分か低い彼の体温はこの時ばかりは熱に浮かされたように熱く、向けられる恍惚とした愛欲に満ちた瞳にどうにかなってしまいそうだった。

食べられる。
そんな感覚さえ感じるほどに、セックスの時の彼の瞳はぎらぎらとした獣染みた視線を宿していて、その瞳に見つめられると、子宮の奥がずくりと疼いて、堪らなくなる。
乱暴でも構わないから、滅茶苦茶にして欲しい。そんな気持ちにすらなってしまう。
連日彼に抱かれているせいか、彼の身体には自分の残した赤い所有印や咬み痕、果ては爪痕までが明白に残っていて、そんなものを見せられればもう堪らない。
こういうのを、本能とでも言うのだろうか。
肌の白さによって強調されるその赤に、理性が揺さぶられる。
それを知ってか知らずか、彼はにたりと妖美に微笑んで、私に言うのだ。

「僕を抱きたい?」

抱かれたい?ではなく、抱きたい?と問いかけるところが、くらくらするほどの彼の色気を助長させている原因なのだろうか。
熱い舌が身体中を這いずって、私を弄ぶ。

抱きたい、って、聞いたくせに。
でも、抱かれてあげるなんて言ってない。

戯れに交わすその言葉に意味はないことくらい、私も彼も理解している。
くすくすと男にしては上品な笑みを零す彼は、同時にどこか無邪気な表情で私の上に乗りかかって、そして、男の顔に切り替えた。
人は彼を無表情だというけれど、こうして見る限り、多彩な表情を持っていると思う。
セックスの時の彼の瞳は、強敵に向き合う凶暴な瞳と似ていた。
夢中になって次第に理性を飛ばすところも、よく似ている。
特に、理性の飛んだ後の状態はそっくりだ。
ぞっとするほどの愉悦と狂気に塗れたその顔は、人が忘れた獣の本能を思い出させるほどで、見ている側も思わず枷が外れてしまいそうになる。

だからだろうか。幾度も絶頂を繰り返すたびに少しずつ激しくなる彼との行為を続けていると、私もすぐに自分が自分でないような錯覚にさえ陥り、身体はもう無理だと悲鳴を上げているのに、心は彼が欲しいと叫んでやまない。
無我夢中で抱きつけば応えるようにさらに強く抱き返され、壊れてしまうんじゃないかというほどに激しく揺さぶられ、突き上げられ、耐え切れず彼の背中に思い切り爪を立てれば、痛みに少し彼の顔が歪む。けれどすぐに蕩けたような表情になり、再びその痛みを望むかのように乱暴に子宮口を抉られる。
また爪を立てれば、その繰り返しで。
サディズムというより鬼畜、とでも言えそうな彼の中にほんの少し潜むマゾヒストの気配が色濃くなった瞬間だった。
よくよく思い返してみれば、口淫のときも手淫のときも、彼は痛いくらいに強いのを望む。
歯を立てないで、と言うくせに、思い切り吸い上げてから甘く噛み付けば悦に塗れた喘ぎ声を聞くことが出来るし、軽く爪で引っ掻いた時の高い嬌声は忘れられない。
痛いのが好き、というより、激しいのが好きなのかもしれない。
激しくしようとすれば、自然と乱暴になったり痛みが伴うのも必須だからだろう。
私にねだらせるのが好きで、彼自身もよくねだるくせに、私に主導権を譲ったときの甘く擦れた声の色気はいっそ暴力的なほどである。
あの声でもっと、なんて言われてしまえば、それに従うほかに選択肢は存在しない。

身体が言うことを聞かない。
脳髄まで突き上げられるような激しい快楽に全身が震えた。突き上げられた衝撃で、最早何度目かわからない絶頂に達したのだと遅れて理解する。
それと同時に、どくん、と、私の中に沈む彼自身が大きく脈動したかと思うと、どろりとした液体が最奥に注ぎ込まれる感覚に身体が震えた。
私を抱きしめる彼の腕は固くて、力いっぱい押してもびくともしない。

「まだ、だよ」

鼓膜を震わせる低い声にぞくりとした。
まるで閉じ込めるかのように逞しいその腕が身体に絡み付いて、動くことさえ許されない。
ふわりと漂う彼の香りは、薄まった香水の匂いがした。
朝起きれば、いつも自分にほんの少し移ってしまっている、彼の移り香。私はそれがとても好きだった。
だから私が滅多なことでは香水をつけないということ、貴方は気付いていないでしょう?

焦点の定まらない瞳を彼に向ければ、欲に溺れた男の顔でにやりと笑った。
力の抜けた私の片足を抱えて、肩に乗せる。
不意に、何を思ったのか、彼が私のつま先に口付けた。
しゃらりと揺れるアンクレットとペディキュアを愛おしむように唇でなぞって、またつま先へとキスを落とす。
彼の行動を理解しきれず、瞼を瞬かせる私にくすりと艶やかな笑みを零して、ぺろりと唇を舐めた。

「つま先へのキスは、崇拝を表すらしいよ」




"愛してるよ、僕の女神様?"
そう囁く彼に、また頭がくらくらとした。






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