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どうして彼らがあの女を大切に囲うのか、理解できなかった。
確かに世間一般的には美麗といわれる容姿であるだろうし、些細なことにもよく気がつき、優しい性質だ。沢田綱吉と同じく底無しの甘さも持っている。
その上、彼女はとても強かった。別に負けはしないけれど、十分強者の括りに入れてよいだろう。それは認める。


けれど。
だから、何だというのだろう。


見た目が美しいから好きになるのか。優しいから好きになるのか。御人好しだから好きになるのか。
優しさはわからなくもない、それは人間としての美徳だ。御人好しなのが放っておけないのも、まぁ、共感は出来ないが理解には及ぶ。
ただ、それが僕の価値観と合致するかと問われたら、否定の言葉しか望めないだろう。
余計な優しさは不必要だし、行き過ぎたお節介も干渉も、全て煩わしいだけだ。
だって邪魔だ。人が気持ちよく草食動物を咬み殺しているというのに、しゃしゃり出て来て中断させる。少し傷を負えば、心配だのなんだのとしつこいことこの上ない。
あぁ、もう。鬱陶しい。


それに比べると、彼女はまだマシだなぁとつくづく思うのだった。
僕の幼馴染に、酷い悪女がいる。
毎日化粧をして学校にくる件でしょっちゅう言い争いから喧嘩になるのだが、彼女は人の機嫌を見計らうのが酷く上手く、余計な干渉をしてこない。
それはあの女も同じなのだが、どうしてその特技を僕に対して生かしてくれないかと切実に願う。
邪魔をしてくる、という言い方にしてみれば同じだが、人の趣味(咬み殺し)を邪魔されるより、まだ応接室に侵入してケーキを食べ漁って帰っていく方が遙かにマシだ。
派手な化粧をして人に褒め言葉を強要し、男を漁りにいく辺りは知り合いに思われたくないけれど、なんというか、最近耐性がついてきた。
勝手にやってろという感じである。そして彼女が調子に乗るので、追いかけて咬み殺す、その無限ループだ。若干楽しくなってきたことは秘密にしておこう。


だから、頼むからその友情ごっこに僕を巻き込むのは止めて欲しい。
仲間とかそういうの、正直本当にどうでもいい。
僕は、強い相手と戦えたらそれで満足だ。
そういえば、あの珍妙な赤ん坊、何度か戦うって約束したけど、全然守られていないな。面倒だから、いっそ彼らに敵対してしまおうか。ああ、けれど、赤ん坊以外に戦いたいと思う相手もいないし、まだいいか。
彼らはわかっているのだろうか。僕を仲間などと呼ぶけれど、その実、僕は簡単に君達を裏切る存在であるということに。僕はきっと、いつか彼らを裏切る。これはおそらく絶対だ。

そしてその時、あの女はどうするのだろう。またあの瞳で、僕を仲間と呼ぶのだろうか。それとも、敵対するのだろうか。
どちらでもいい。あの女は強い、その事実だけで十分なのだから。


…そうなったとしたら、彼女はどうするのだろう。
僕はふと、足を止める。廊下の端で、彼女とあの女が向かい合っていた。

彼女は、着いてくるのだろうか。
「恭弥はさー、ほら、なんて言うか、特別だし?」
そう言っていた彼女の顔を思い出す。化粧も何もしていないその顔は、美麗と呼ばれる容姿を見慣れている僕でも、ほんの少しどきりとさせられるほど、あどけなさに満ちていた。
そうだ、彼女にとって僕が特別なように、僕にとっても彼女は特別だった。
自分の欲に忠実な彼女が、綺麗だと思った。彼女はどこまでも、いい意味でも悪い意味でも、真っ直ぐだった。惹かれた、理由なんてなかった。優しくもないし、強くもないし、お人よしでも何でもない、むしろその正反対な彼女は、同年代の中に置くには、あまりに成熟しすぎていた。彼女は、女だった。
僕と彼女との間で駆け引きが始まらなかったのは、僕がそのことに対して酷く鈍感であったからに他ならない。彼女は持て余していた。周りと並ばぬその価値観は、見る世界は、彼女を異物として閉鎖世界から弾き出す。
そして彼女に並べるのは、皮肉にも僕だけだったのだろう。


「…アンタさぁ、目障りなんだけど、恭弥に近づかないでよ」


不機嫌そうな彼女の声が聞こえた。嫉妬に塗れた声。
知らず口角が上がる。それは狂気に似ていた。


「な…っ、どうしてですか…!?」
「邪魔なのよ、アンタ。迷惑だってわからないわけ?」
「そんな…!」





まるで、彼女が読んでいた漫画のよう。どこかで読んだ小説のようだ。
それでも、残念。


「ラストだけは、テンプレ通りにいかないよ」


呟いた声は、自分でも驚くほど嘲弄に満ちていた。



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