short | ナノ


それが罪だと言ったのは、誰だっただろうか。そうかもしれない、間違っているのかもしれない。だけどそれでも、わかっていても、どうしようもないことだって、たくさんあるのだ。
たとえば、寂しさ。
北風の吹き荒ぶこの季節はどこか人肌を恋しくさせる。学校、会社帰りの人々が足早に我が家を目指して駆け抜けていくのをずっとずっと見つめていた。あたたかい家を、目指すのだろう。凍えそうなその身体をあたためてくれる、優しい家を目指すのだろう。
私には、ない。あたたかい家など、私にはないのだ。あるのは、冷たい言葉と、無音と、無干渉。優しさなど、どこにもない。
きっと、誰でもよかったし、何でもよかったのだ。ただ一番手っ取り手早く、女子高生という自分の立場からして安易に添い寝の相手を見つけられそうな、この行為を選んだ。売春という行為を。ただ、それだけのこと。
客は中年の男が多かった。セックスのみが目的の人間は駄目だ。目的を果たしたらすぐに帰ってしまう。女子高生、というブランドに食いついてくるのがいい。そういう人間は、私への物珍しさと価値から、だいたい朝まで一緒にいてくれる。それを求めて、私は夜毎この行為を繰り返した。


そうして、しばらくした頃だった。
雪の降りそうな寒い日、今日は絶対に誰かといなきゃ嫌だなぁと考えながら、繁華街をぶらぶらとしていた時のことだった。
雑多な欲望に塗れたこの町で、余りに不釣合いなほど凛と透明に透き通った声が響く。
「君、一人?」
背の高い、真っ黒な男だった。酷く存在感があるくせに、バランスの噛み合わない氷の像のような整った容貌だったことを鮮烈に記憶している。
彼は、とても変わった人だった。女に不自由などしそうもない容貌のくせに、私のような子供にお金を払う。ロリ趣味なのかとも疑ったが、グラマーな外人らしき人と歩いているのを見かけたこともあるから、それは違うだろう。ならばどうして。そう問うても、彼は曖昧に笑って誤魔化すだけ。明確な答えを貰ったことは、一度もない。
そういえば、最初の夜も変わっていた。今までの男達など比べ物にならないくらいのお金を出してくれるくせに、セックスを求めず、ただ彼の腕に抱かれて眠っただけ。こちらとしては大満足なのだが、さすがにそれは悪いだろうとお金を返そうとしても、頑なに受け取ってくれない。何度も突き返していると、彼は溜息を付き、じゃあこうしよう、と続けた。
「これで、好きなものを買えばいい。服でも、アクセサリーでも、何でも。それが不満なら、次に会うときは、このお金で思いっきり着飾ってきて。そのための、資金だよ」
上手く丸め込まれて、多量の札を受け取らされた。それから、会うごとにたくさんのお金をくれる。言うことは、決まって同じ。これで着飾ってきて。それが口実であることくらい、考えなくてもわかる。
何度かセックスもしたけれど、彼は酷く優しかった。子供を、というより、猫でもあやすような手つきで私に触れる。次の日の朝は、学校に行く私を決まって見送ってくれるんだ。いってらっしゃい、って。それが、酷く切なくて、狂おしい。こんな感情、私は知らない。身体だけの関係、それがかえって愛おしかった。


だけどもう終わりかもしれない。バレてしまった、学校に。親にも連絡がいってしまっている。口々に言われる言葉。
不純だ。爛れている。親御さんの教育はどうなっているのかしら。
うるさい。何にも知らないくせに。思わずそう口にしようとして、黙った。そうだ、皆知らない。知っているのは、私と彼の表面上の関係だけ。知らないのだ。あの、優しい夜のことは、何も。誰も知らない、始まりの夜。そこにあった、愛おしいぬくもりも。
弁明はしなかった。何かを口にしたなら、あの日の夜が汚されてしまう気がした。


皆知っている。私が、売春をしていたこと。
学校をやめさせられて、男と逃げたことも。
だけど、それでも。







始まりだけは誰も知らない
(どうか誰も知らないままでいて)







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