short | ナノ
「え、…?」
「うちは、愛に生きます…せやから、沖田はんは誠に生きて…そしたら、うちらはどっちも捨てずにすみますやろ?」
どういう、意味?
つまり…、
「うちは…ここから逃げます」
「逃げるって…っ、逃げて、その子を…育ててくれるってこと?」
「そういうことどす。いつになるかわかりまへんけど…絶対、無事に育ててみせます…」
あぁ、そうか、と、僕は場違いに感動した。
強い強いその瞳は、そこらの腰抜けの武士なんかより、よっぽど武士道ってやつを体現してるじゃない。
女の人も…特に母親は、強いんだ。
僕らなんか叶わないほど、強いんだ。
ぐちゃぐちゃと悩んでいた自分が恥ずかしい。
何をやってるんだ、僕は。

その瞬間、僕の中で何かが弾けた。
なんだ、僕らは幸せだ。
別れなんかじゃない、これは始まりだ。
花葵、君が愛に生きてくれるなら、僕は精一杯誠に生きるよ。
道は違えても、想いは一つだ、そうでしょう?

「愛してるよ…花葵」
「……玲、どす」
「え…?」
「うちの名前…本名は玲どす」
「……玲」
「はい、」
「その子は、任せたよ」
「!……はい、任しておくんなまし」
「僕は、君たちの生きる世界を守ってみせるから」
だから、しばしのお別れだ。
「ね…僕たち、お終いなんかじゃないよね?」
「当たり前どす、これからが始まりなんやから…」
だからどうか、約束しよう。
もう一度、逢おうって。
「…また、逢おうね。きっと、迎えに行くよ」
「はい…はい、いつまでも、待っとります…」





その日、僕は今までで一番綺麗な花魁道中を見た。
彼女の髪が、簪が、風に揺れて空気を色付けるのを、僕は黙って見つめていた。
僕が、彼女を好きになったのも、この花魁道中だったなぁ、とぼんやりと考えながら、昼頃に屯所に届けられた玲の簪を握り締める。
これが、愛なのかもしれないと思った。
上等な絹の帯でゆっくりと心を締めあげられるような感覚が、酷く切なく甘いのだ。

花菱太夫…玲の脱走の噂を聞くのは、その一月後のことだった。
そしてその日も、僕は簪を握り締めて自分の心を絹の帯で締めあげる。



prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -