short | ナノ
最初からわかっていた。
僕らが結ばれるなんてあり得ないってことも、君が…僕の手の届かないところまで行ってしまうのも。
全部、わかってたんだ。
ただ、その時が来てしまっただけ。
ただ理不尽に暴力的に、その事実を突き付けられたというだけなのだ。

花葵…。
天神という高い位についていた美しく艶美な遊女の君。
あまりに美しかった君は、あまりに早く太夫になることが決まってしまった。
まだ天神であったなら、苦しい中ででも通えたのに。
太夫に…最高位の遊女、吉原でいう花魁になってしまったら、もう手が届かない。
ましてや、君を抜けさせることも、攫って逃げることもできやしない。
だって僕には、近藤さんがいるから。
浪士組があるから。
剣で生きると決めたのに、近藤さんの役に立つためにここにきたのに、そんなことできやしない。
どうして…どうしてなのさ。
どうして。
どうして、どちらも大切なのだろう。
どうして、どちらも命を懸けられるほど大切なんだろう。
どうして。
どうして…。


「…沖田はん?」
「っ…あ、ごめんね、考え事してた」
花葵の声で、一気に現実に引き戻される。
明日は、花葵が太夫になってしまう日だ…だから、せめてもう一度だけ会いたくて、無理を言ってここにきた。
お酌をしてくれる花葵の、綺麗に着飾った着物姿を見て、不意に何とも言えない焦燥感に襲われる。
もう…明日には、二度と触れ合えなくなる存在になってしまうのだという事実が、今更ながらに僕の胸を蝕んでいく。
「……沖田はん」
「なぁに?」
「明日、どすなぁ…」
「うん…」
猪口を持つ手が、震えた。
俯いている花葵の型を掴み、顔を上げさせる。
そこで…僕は、初めて彼女が泣いているのを見つけた。

「……花、葵」
「…離れとう、ありまへん。うちは…沖田はんが好きなんどす、太夫になんか、ならんともええから…たまにでええから、沖田はんに会いたいんどす……でも、もうそれも叶いまへん」
はらはら、はらはら、と。
真珠の雫が、僕の泣きそうな顔を写し取って彼女の頬を滑り落ちていった。
心臓が、叩きつけられた。
今夜限りなのだと、改めて思い知らされる。
乱れた感情のままに、彼女の細い身体を掻き抱いて、思い切り抱き締めた。



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