short | ナノ
私には好きな人がいる。
一つ上の先輩で、私がマネージャーを務める剣道部のエースである…沖田総司先輩。
沖田先輩は、その整った容姿と人懐っこい性格のせいで、とてもモテる。
ただ…そのせいで、あまりいい噂を聞かないのもまた事実。
女遊びをしているだとか、年上の女の人と付き合っているだとか…とにかく、たくさんの噂が飛び交っていた。
どれが本当なのかなんてわからない。
だって、沖田先輩はどの噂に対しても、肯定も否定もしないから。
ただ、いつもの人好きのする笑顔で曖昧に笑うだけだ。

どれだけ近づきたいと思っても、私にはなんの勇気もないから。
先輩のファンの女の子達のように、自分をアピールする勇気も何もない。
ただ、見ているだけなのだ。
いつも遅刻しては、斎藤先輩や薫に怒られている姿や、授業中に居眠りをしたとか、テスト用紙に落書きをしたとかで土方先生に怒られている姿や、真剣に竹刀を振る姿や…可愛らしい女の子に告白されている姿を。
優しい表情も、悪戯な笑顔も、不機嫌な顔も…何もかもが愛しいのに、私はそれ以上は近づけない。
そう…思っていたんだ、この日までは。

唖然として目の前の光景を見つめる。
噂のうちの一つは真実だったのか、とぼんやりと考えた。
目の前には、キスをしている、先輩と知らない女の人。
制服姿の先輩に対し、その綺麗な女の人は、際どく質のよさそうな服に身を包んでいた。
それも…真っ赤なフェラーリの車を挟んで、である。
運転席に座った女の人に、外から先輩が屈み込むようにして唇を合わせている。
綺麗だと、思った。
真っ先に浮かんだのは、嫉妬などではなく、賞賛の言葉。
オレンジの夕日に照らされて、重なった二人の影が酷く切なく見える。
あまりにも二人に見惚れていて…私は、自分が鞄を落としてしまったことに、気付けなかった。


「……なに見てるのさ」
「えっ…?あっ…!」


先輩に声をかけられて、ようやく我に返る。
いつの間にか、二人はキスを止めていて、先輩は車の助手席に乗り込んで、此方を見つめていた。
隣の女の人は、興味深そうに私達を見比べている。
その容貌は、沖田先輩と並んでも見劣りすることのない、美しいもので…。
今にも沈みそうな夕日と、真っ赤なフェラーリと、綺麗な女の人と、先輩。
あまりにも絵になるその光景に、私はまた言葉を失った。


「…あーあ、見られちゃった。せっかく隠してたのに」
「あら、私は別に構わないけど?」
「僕はやだ…誰にも玲さんを見せたくないし、知られたくなかったの」
「ふふ、子供ね」
「そ、僕は餓鬼なの。だから欲望に忠実に、玲さんにキスしたり、抱いたりするの」
「全く…誰のせいでこんな子になったのかしらね」
「玲さんのせいに決まってるじゃない。何にも知らないいたいけな中学生に、色々教えてくれたのは誰さ」
「さぁ…誰かしらねぇ」


自分の感情がわからない。
泣きたいのか、逃げたいのかなんなのか…ただ、コレだけはわかる。
初恋は叶わない。
そのジンクスの通りに、私は今、告白も出来ぬままに失恋したのだ。
沖田先輩の隣には、もう私ではない女の人がいるから。
私なんかの入り込む隙なんてないくらい…この二人は思いあっているのだろうから。
先輩の、こんな顔は初めて見た。
こんなに子供のような可愛い笑顔をする人だったんだ。こんな風に拗ねるのか、こんな子供みたいな嫉妬をするのか。
何にも、何にも知らなかった。
私も、学校の皆も…私達が、知っていると思い込んでいたのは、沖田先輩のほんの一部だったんだ。
それに気付けたのが、それを知れたのが失恋の後だなんて皮肉すぎる。
それが嬉しいだなんで、自分はどこまで馬鹿なのだろう。
その顔は、表情は、声は、決して私のものにはならないのに。
決して私に向けられることはありえないのに。


「見られちゃったのは、この際千鶴ちゃんだからいいとして…このこと、黙ってて暮れる?僕が玲さんと付き合ってること」
「……は…、い…」
「ん、ありがと。誰かに喋ったら斬っちゃうからね?」


そう言って、唇に人差し指を当てて「内緒だよ?千鶴ちゃんは、今日から共犯者ね」と、綺麗な笑顔で微笑んだ。
ああ、神様って無情だ。
近づきたくて近づきたくて堪らなかった人と、やっと近づけたのに、こんなのはあんまりだよ。


「それにしても、僕には色んな噂が飛び交ってるよねー。女癖が悪いとか、年上と付き合ってるとか…まぁ、一つは当たってるけど」
「誰も知らないんでしょうね、ホントのことなんて」
「誰も予想してないだろうね、僕が玲さん以外女を知らないなんてさ」
「総司って、遊んでそうな顔してるものね」
「あ、ひどー。それ言ったら、玲さんって清楚そうな顔してるのにさぁ…」


…それから先の会話は覚えていない。
気がついたら、部屋のベッドで泣いていた。
酷い、酷いね神様。
どうせ失恋するのなら、こんな接点なんていらなかった。
こんな辛い距離で、これからは関わるのですか?
ああ…こんな、こんなことなら…
貴方を好きになんて、ならなければよかった…。



prev next
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -