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《舞華視点》

初めてあの方にお会いした日は、今でも鮮明に覚えている。
沢田家本家の大きな屋敷の、その更に奥の奥。決して立ち入ってはいけないよ、と両親からきつく言われてきたその聖域の中にあった、一際大きなお屋敷。
普段自分が住んでいる純和風の家と似たような造りではあったが、幼心に厳粛な霊気が痛いほどに充満していたことに気付いていた。
さらさらと水の流れる音が聞こえる。そういえば、どこかに水の上にある神社があったような気がする。それにそっくりだった。足元を流れる水に意識を奪われていると、手を握っているお父様がくいっと引っ張った。着飾られた着物の裾を踏んでしまいそうになり、慌てて歩く。暫く歩いて、奥の方にあった大きな襖の前で足を止める。そこは、今までとは比にならないほどの神気が渦巻いていた。
無意識に背筋を伸ばす。お父様が、襖を開けた。

「お久しぶりでございます、雲雀様」

沢田の家の中でも、特に高い地位にいるはずのお父様が、こんなに低姿勢で接する人を見たのも、これが初めてだったかもしれない。
そこにいたのは、とても綺麗な人だった。いや、人ではない。彼は、神だ。
緩く着流した黒い着物に、肩に引っ掛けた羽織り。広い庭に向いていた視線が、ゆるりとこちらに向かう。

「…あぁ、沢田の家のか」
「ご無沙汰しております。本日は、雲雀様に御仕えさせて頂く姫巫女が、我が娘に決まりましたことのご報告に参りました…舞華、挨拶なさい」
「えっと…はじめまして、ひばりさま、まいかです」

当時、私はまだ一桁の歳の子供だった。
それでも両親から、このお方が私の生涯の旦那様に当たるお方になるのだと、繰り返し繰り返し教えられてきていた。
旦那様とはいっても、本当に結婚するわけじゃない。神と人が、交わることはありえない。私では、触れることすら許されないのだから。
けれど私は、この方を旦那様だと思って、生涯操を立てなければならないのだ。
美しい方。一生御仕えするお方。

この時私は、何も知らない子供だった。



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