01


同時刻。
宿題を忘れてしまった千鶴は教室に来ていた。
夜の学校は酷く不気味だったが、元来真面目な性格であるため妥協は出来ず、怯えながらもここに来たのだ。
急いでプリントを捜し出し、見つかったことに安堵しながら教室から出る。
行きよりも薄れた恐怖心を抱えながら廊下を歩いている時、小さな小さな、それこそ、耳を澄まさなければ聞こえないような声が聞こえてきた。

『……めん、なさい…』

「………え?」

小さく謝罪をする声。
思わず足を止めて、注意深く辺りを見渡す。
静寂に包まれた空間に、千鶴の息遣いだけが響いていた。

…どれだけ時間が経ったのかわからない。
数十分も経ったのか、それとも数分だったのか…それすらもわからない張り詰めた空気の中で、向こうからわずかな足音が聞こえてきた。
我知らず、息を飲む。
月明かりに照らされて、露になったその姿に――千鶴は、釘付けになった。

美しい、としか言い様のない、完成された美。
陶器のような白磁の肌、絹のような漆黒の髪、硝子玉のような瞳…全てが全て、一つの芸術作品の如くそこに存在していた。
一つ一つのパーツに極上のものを激選し、それをバランスよく配置して、造ったかのように…彼女は、美しかった。
まるで人形のように、彼女の容姿は完成されていた。

服装は、自身と同じ学園の制服だったが、彼女を見かけたことはもちろん噂すら聞いたことがない。
会っていなくとも、あれだけ美しければ噂になる筈だ。

突然現れた、規格外の美少女に千鶴が放心していると、無表情でこちらを見つめていた彼女が不意に口を開いた。

「………早く、逃げて」
「え…?」

突然告げられた警告の言葉。
赤く色づいた唇が凛とした声で放つその言葉に、千鶴はただ呆然とするだけ。
意味がわからない…。
そんな表情を隠せない千鶴を一瞥すると、また彼女は身を翻す。

「あ…ま、待って…!」

そんな彼女を、千鶴は慌てて引き止めた。
このまま行かせては、わけの分からないままだ。

「貴方は…誰なの?どうして、逃げて、なんて…」
「………私は、葵」
「葵、ちゃん…?」

こくり、と頷いて。
そのまま彼女は去っていってしまった。
暗闇に飲み込まれるその寸前、月の光に照らされて見えた彼女の表情がまるで泣いているように見えて…千鶴は思わず追い掛けたが、すでに彼女の姿はそこにいなかった。


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