02


「何してるの?」


千鶴に声をかけた青年は、木の影から眠たそうに姿を現す。
猫のように細められた翡翠の瞳は、物珍しそうに千鶴を移している。
まるで、自分以外がこの空間にいることがおかしい、とでも言うように。
昼寝でもしていたのだろうか。
柔らかそうな琥珀の髪は、所々寝癖で跳ねていた。
端整な顔立ちからは、何の表情も読み取れない。
千鶴が理解できたのは、どうやら彼の眠りを妨げてしまったらしい、ということだけである。
千鶴が黙っていると、青年は再び口を開いた。


「ねぇ、聞いてる?こんなところで何をしているのか聞いてるんだけど。ここ、旧校舎だよ?」
「ええっ!?」


思わず素っ頓狂な声を上げてしまった。
そうか、ここは旧校舎か。
ならば、人がいないのも、校長室が見つからないのも、先ほどの物珍しそうな青年の様子も頷ける。
自分はどうやら、いつの間にか旧校舎に迷い込んでしまったらしい。
事情を理解した千鶴は、彼にたどたどしく説明をする。


「わ、私…転校生なんです。校長室を探してたんですけど、道に迷ってしまって…」
「ああ、そういうこと。校長室は新校舎の奥にあるよ」


そう言って、欠伸を一つ。
がしがしと頭をかいた後、青年はくるりと背を向けた。
そして。


「ついてきなよ、案内してあげる。ほっとくと、また違うところに迷い込んでそうだからね」


くくっ、と喉の奥で笑いを漏らし、意地悪そうな笑みを浮かべた。
唇の端を吊り上げ、目を三日月型に細めて、魅惑的な笑みを形作る。


「ね、雪村千鶴ちゃん?」
「……え?なんで私の名前…!?」


その手あったのは、千鶴のノート。
そこにはきっちりと、雪村千鶴、と書かれている。
いつの間に…。
千鶴は呆気に取られていた。


「君さ、警戒心なさ過ぎじゃない?ここには、こういうことが出来る人間がたくさんいるんだからさ」


楽しげに笑った後、彼は千鶴の手にノートを落とす。
そして、パチン、と指を鳴らした。
一瞬の後、凄まじい風が吹きすさぶ。
目を開けていられない衝撃に、千鶴は思わず目を瞑った。
そして、風が収まった後、恐る恐る目を開けると。


「え…?」


そこは、彼女の目的地、校長室の前だった。
何が起こったのか全くわからない千鶴をよそに、彼は校長室の扉を開けて中に入っていく。



「近藤さん、転校生が道に迷ってたんでつれてきましたよ」
「おお、すまんな。総司」
「いえ、構いませんよ。じゃあ僕はこれで。ちょっと用事があるんで…」
「そうか、なら仕方ないな…。今度はゆっくりしていけよ」
「もちろんです、それじゃ」


学園長、もとい近藤と親しげに話した後、校長室から出てきた。
そして千鶴に向かって微笑みかけて。


「じゃあね、千鶴ちゃん」
「あっ、ま、待って下さい」


去ろうとした彼を、千鶴は慌てて引き止める。
どうしても、これだけは聞いておきたかった。


「あの、連れてきてくれてありがとうございました!でも、さっきのは…」
「ああ、あれね。見るの初めてだった?魔法だよ」
「あれが…魔法…」
「そう。僕は風属性だからね」
「そうなんですか…あと……な、名前!…教えて、くれませんか?」
「名前…?」


きょとん、とした表情を浮かべた後、すぐにもとの笑顔に戻る。


「沖田総司、だよ。よろしくね」


そう言って、今度こそ去っていってしまう。
途中で、先ほどと同じように、姿が掻き消えた。


千鶴は、彼…沖田総司が消えた後を、しばらく見つめ続けていた。


<< | >>


人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -