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今日も、MAKOTOは忙しい。
珍しく代打ちの仕事には原田と永倉が出ていた。以前打った相手からの指名だったらしいが、週末の掻き入れ時に主力二人を欠くのは大きな痛手だ。
二人が出て行ったと聞いた時からおおよそ予想はついていたが、地下の店舗から呼び出しの電話を受けて、山崎は雀荘の名前の入ったエプロンを脱ぐと、代わりに細身のネクタイを締めた。
裏口からばたばたと店にはいると、店内は既に人で一杯だ。

「わりぃな山崎。総司のヘルプについてくれ」

きらびやかな女性客の席を斎藤と藤堂に任せて一旦抜け、ホールのすみの山崎に歩み寄った土方は、店内中央の大きなソファを顎で示した。
若い女性が8人。
その真ん中でにこにことグラスを掲げてるのは沖田一人だ。いくら忙しいとは言え分が悪い。むしろ山崎が入っても足りないくらいだ。

「これは、また……」
「俺んとこの団体が入った直後でな。断ろうかと思ったんだが、あっちは総司の贔屓でよ。総司一人ついてくれりゃ文句いわねぇからって交渉されて、通したはいいが、流石に一人じゃな」
「ですよね……」
「悪りぃな、頼んだぜ」

予想していた以上に大変な席をまわされ、山崎は小さュ息をついた。もともとヘルプは得意ではないのだ。だからこそ新撰組でもあえて裏メンとしてMAKOTOには出入りしていない。
それでも、これが活動資金のために必要な営業であることは重々にわかっている。山崎は自分の頬を拳で軽くほぐすと、にこりと微笑んで団体客のテーブルの傍に膝をついた。

「はじめまして、烝です。よろしくお願いします」

下げた頭をあげると、左右から女性に抱きつかれながら沖田が目を丸くしている。
おおかた、自分の席にヘルプに入ったことのない山崎に驚いてるのだろう。

「そぉじぃ…随分可愛いコが来たね。後輩?」

しなを作って首に腕を回した若い女性客が、甘えた口調で沖田に問う。沖田はすぐに気を取り直すと甘い笑みを浮かべて肩を竦めた。

「この子はまだ見習いさんだよ。どうしたの?気に入っちゃった?」
「えー?可愛いけど、アタシは総司一筋だよ」
「それは嬉しいな。ありがとう」

そう言って、女の頬に軽く口付けた。

「やだ!マミずるぅい!総司クン、私も!」
「ふふっ、どうしよっかなぁ……」

口付けを受けたマミと言う女は余程貢いでいるのか、他の女に羨ましがられどもしっかりと陣取った沖田の隣りを引き剥がされることはない。
沖田は何かを思いついたように悪戯っぽく笑うと、大袈裟に溜息をついてみせた。

「この子ね、僕が始めて持つ後輩なんだ。真面目ないい子なんだけど、なかなか指名が伸びなくって…最近じゃ、僕の教え方が悪いんじゃないかって、歳三さんにどやされてるんだ」
「そうなの?総司かわいそぉ…」
「うん……お前も幹部候補生なら後輩の一人や二人、一人前に育てられなくってどうすんだ!ってね。このままじゃ僕、クビになっちゃうかも……」

しおらしくなって俯く沖田に、取り囲む女性客がどよめいた。

「総司クン辞めちゃやだよ!」
「僕だって辞めたくないけど、このまま烝くんの売り上げが伸びなかったら…どうなるか……」
「そんなことなら任せて!協力するから!」

ぐっと拳を握ったマミが目配せすると、呆気にとられた山崎の両サイドを若い女が固めた。するりと腕に腕をからめて、豊満な胸をぎゅっと押し付けた。

「な…あ、あの……!」
「あ、赤くなった。可愛い!私結構好みかもー」
「ホストなら遊び慣れて、あそばせ慣れなきゃ」
「あの!いや、俺は……」
「あたし烝くんの為にボトル入れちゃう!」
「あたしも!」

どっちがもてなされているのか分からない状態で揉みくちゃにされながら、山崎は泣きそうな目で助けを求めるように沖田を見た。したり顔で微笑む沖田は、柔らかい手付きでマミの髪を撫でている。

「ごめんね、僕が至らないばっかりに」
「総司の力になれるなら、アタシは幸せなんだから」
「ありがとう。愛してるよ」
「うふふっ、知ってる」

つきん。

胸の奥が嫌な音を立てる。
ぎりっと奥歯を噛んでその様子から目を逸らすと山崎は、今更ながら下手くそな笑顔を浮かべて、左右の女性客と談笑を始めるのだった。


* * * *


結局、沖田のテーブルの団体客はクローズまで腰を落ち着けていた。
最後の客を送り出してから店の掃除に取り掛かりながら、山崎はつい先刻までついていたテーブルのことを思い出していた。

沖田の隣りに陣取っていた女は、終始その腕にべったりで、その座を他の者に譲ることがない。
他の者も沖田目当てだろうに、文句の一つも言えないのは、ひとえに彼女の金払いのよさの為だろう。ホスト遊びなんて、そんなものだ。友人の払いで気に入りの男と過ごせるのだ。
だが、一時でもああやって目当ての男を留め置いて愛を囁いてもらうことが出来る……それが玄人男相手であってもそれをまわりに見せつけることが出来る。
金の力とは言え、山崎はなんとなく憤りを感じて小さくため息をついた。

「どうしたの、山崎くん。ため息なんかついちゃって」
「別に……」
「すごかったじゃない。今日の売り上げ、一位だよ」
「あれはあなたの売り上げです。よくもまぁあんな嘘がぺらぺらと」
「ホストは嘘つくのが仕事なの」
「はいはい。立派な仕事ぶりでしたよ」

熱心にモップがけをする山崎の背後から、だらしなくネクタイを緩めた沖田が絡んでくる。それを片手であしらいながら、山崎はうっとおしそうに顔をしかめた。

今、沖田と話していたくない。

全身で迷惑だと言い表しながらモップがけに専念する山崎に、沖田は困ったように小首を傾げた。

「山崎くん、怒ってる?」
「おこる?俺が何に怒るって言うんですか?」
「いや、なんか機嫌悪そうだし」
「俺の機嫌がよかろうが悪かろうが、沖田さんには関係ないでしょう」
「うん、まぁ、そうなんだけど……」

目も合わせようとしない山崎の態度に、沖田は肩を竦めた。
沖田の存在を排除するかのように一心にモップを動かす背中をじっと見つめる。

「山崎くん、愛してるよ」
「…………っ、な……!?」

思わず弾かれたように振り返った。
にこにこと少年のような笑みを浮かべる沖田がそこにいる。

「愛してるよ」
「そんな、こと……」
「今はホストじゃないから、嘘つかないよ」
「…………」

山崎は頬を真っ赤にすると、油のきれたロボットのような動きで沖田から視線を引き剥がした。
心臓がいたい。
喉がひゅうひゅうとなりそうだ。

「愛してるよ、山崎くん」

背後から、繰り返し囁かれた。

「俺は……別に……」

だからヘルプは嫌いなのだ。
他のものに媚を売る沖田も、自分のこんなどろどろした感情も、はなから願い下げなのだ。
山崎はそれ以降一切の干渉を無視して、床掃除に励むのだった。
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