彼女、雪村千鶴は困惑していた。 それもそうだろう。 昨日、いきなりちょっと様子のおかしい新選組隊士を目撃してしまい、わけのわからぬままに新選組の屯所に連れて来られたのだから。 普通なら、怒鳴り散らして抗議をしてもよいくらいである。 だが、今の彼女を混乱させている理由はそれではなかった。 もっと簡易的な事、今現在、目の前で起こっている乱闘についてである。 最早、縛られたままの両手など気にならなかった。 千鶴の目の前で、笑顔で斬り合う二人の美形。 背の高い茶髪の青年…昨日、千鶴と遭遇した新選組の一人である沖田総司と、 少し小柄な黒髪の少年…こちらは、まだ自己紹介されていないので名前はわからない。 二人とも素晴らしい笑顔だが、纏う空気は氷点下。 顔は笑っていても、目が笑っていない。 そもそも、彼らがこんな騒ぎを起こす原因の話は、三十分程前に遡る… 三十分程前。 千鶴は井上に連れられて、屯所の広間に来ていた。 幹部が勢揃いしているらしいが、沖田の姿は見えない… 千鶴がそう思っていると、不意に奥の襖が開いた。 「土方さーん、葵ちゃん連れて来ましたよー」 「遅せぇんだよ、早く来い」 聞き覚えのある声が響いて、中に沖田が入ってくる。 隣には不機嫌そうな少年がいた。 「ちょっと土方さん?こちとら二日間の徹夜明けなんだが…いい加減に休めって言ったのはどこの誰だよ」 酷く不機嫌そうな声が響く。 隣にいた沖田が声を上げて笑いだした。 「確かにね、せっかく休ませたのに一刻と保たずに撤回ってどうなんですか?」 「うるせぇ、黙って座れ。緊急事態だろうが」 「面倒くさい…総司、肩貸せ」 「はいはい、」 土方の言葉に、二人はしぶしぶ腰を降ろすが、少年は沖田の肩に頭を乗せてうつらうつらしていた。 「あ、おはよう。昨日はよく眠れた?」 思い出したように沖田が声をかける。 それに、千鶴は慌てて答えた。 「えっと、おはようございます…寝心地は、あんまりよくなかった…ですね」 「へぇ、そう?…僕が起こしに言った時は、起きなかったけど?」 「うぇ…っ!?」 慌てて頬を確認する葵。 それを見てくつくつと笑い声を上げる隣の少年。 そうすると、悪戯っ子の子供のようで…ほんの少し、千鶴の中の恐怖が失われた。 |