『すみません、何と言ったらいいか』
『‥凄まじい成績ですよミスみょうじ、特に魔法薬学に関しては――』
『はあ、あの、マクゴナガル先生、わたしもしかしたら退学、ですか』
『――セブルスに追試か補修か課題を出して頂く様に頼んでみなさい』
目が覚めると身を刺す寒さが足にこたえた。知らない天井‥‥て、そうそうホグワーツに来たんだっけ。しかも教授としてだなんて、いまだに信じられない。壁に貼り付けてある星図を撫でると、少し現実味を増した。トランクから着替えを出してベッドの上に並べ、Yシャツに黒色のサルエルを合わせてジャケットを羽織る。そういえば皆ローブを着ているけれど、わたしはホグワーツを卒業してから着る機会も無かったためとっくに捨ててしまった。休みの日にでも買いに行かないと。
一通り身なりを整えて扉を開けると、生徒がせわしなく廊下を走っていく。時折不思議そうな目を向けられて少し困ってしまった。
大広間に着くと既にわたし以外の先生は席についている。どこに座ったらいいか悩んでいると、リーマス先生とスネイプ先生の間に空きがあり、手招きもされたので(勿論リーマス先生にだ)そこに遠慮なく座った。
「おはようなまえ、あれ、ローブは?」
「持ってないんですよ。前の研究所じゃ使わなかったので、――あ、スネイプ先生、昨日の答え解りましたよ、レパロです」
教科書のおかげで、と付け加えると小さく頷かれる。
「‥ルーピン、みょうじは一応お前の後輩だ」
「一応‥」
「在学中から勉強量は問題無いが、成績が凄惨たるものだった。今もだが」
「‥同感です」
「セブルスにしごかれたなんて、中々災難――ごめん、冗談だよ」
「皆、静まれ!」
響いたのはダンブルドア校長の声。一気に静まり返る広間は、学生時代何度も体験した。懐かしくて、そしてどこかこそばゆい。多分、立場が違うからだろう。
「天文学の先生が休暇を取る間、臨時教授に来て貰う――なまえ・みょうじ先生。仲良くするんじゃぞ」
視線が一気にわたしに集まった。うわ、これ凄く緊張する。立ち上がって軽く頭を下げて座る。それから脱獄犯シリウス・ブラックの為に吸魂鬼が放たれていることを警告され、強張る生徒たちを和らげるように、合図で食事が始まった。‥シリウス・ブラックも確かホグワーツの出身で、年齢的にはスネイプ先生と同い年なんだっけ。
世論に疎いわたしはさほど気にも止めずに、騒がしい腹を黙らせる為に朝食に手を伸ばした。
「みょうじ」
「もごっ‥、はい」
レーズンパンを口の中いっぱいに頬張っていた所で、スネイプ先生が話しかけてくる。牛乳を飲んで流し込み、聞いてます、と頷いた。
「本来なら直ぐに授業を任せる所だが――みょうじ、二日間研修期間を設けることを校長に許可頂いた」
「ワオ、やっぱり」
「‥我輩とルーピンの助手を経験し、最低条件として――この教科書の事項は完璧にすることだ」
懐から出されたのは基本呪文集のグレードアップ版。わたしが手こずった、二度と会いたくなかった、あわないと思っていた、基本呪文集五年生版。
「ゲッ、五年生の‥」
「‥なまえ、解らないことがあったら付き合うよ」
「ルーピン、元グリフィンドール生の馴れ合いはみょうじの為になりませんぞ」
「セブルス、君が言ったろう?なまえは呪文学が苦手だって」
「‥天文学以外は破滅的だと言った」
‥何だか凄く気まずいのはわたしだけだろうか。しかもさり気なくわたしの学生時代の恥が晒されまくって‥‥‥。しかしとめる勇気は存在しない。口調こそ落ち着いている二人をよそに、巻き込まれない様糖蜜パイを手に取ってどれだけ食べられるか、限界に挑戦してみることにしようと思う。
‥しかし、三十個食べた所でスネイプ先生に皿を消されてしまった。
魔法って本当に便利。
20110311