「みょうじ、話がある」
帰ってきて早々、前に立ちはだかったのは噂のスネイプ先生。眉間の皺を一層のこと深く刻んで、更に眼を細められれば、わたしもリーマス先生も逆らうことは出来ない。
「‥ルーピン、後で部屋に薬を届けに行く」
「分かった。‥その、お手柔らかにしてあげてくれないか」
「…、そう思うなら呉々も、今の時期に軽率な行動は控えた方がいいですな」
わたしの手を掴むと、地下牢に行くのも惜しいらしく、空き教室に向かって歩き出した。体格差もあるだろう、歩幅の広い生について行くのはなかなか大変だ。それでも手首はしっかり捕まえられているので、わたしはただスネイプ先生の背中を見つめながら、遂に、空き教室に辿り着いた。
空気が冷えている。
暖炉に向かって先生が杖をふると、柔らかなあかりが灯され、めらめらと炎が上がった。
「みょうじ。‥勘違いを、するな」
「勘違い、ですか」
出かけ前の会話のことだろう。
「‥我が輩はルーピン自体が好かんだけだ、――元生徒で今は臨時教授のお前を嫌いも、ましてや、」
嫌いでも好きでもない、と。いっそ嫌いだと言われたほうがこのもやもやした、中途半端な気持ちも少しは安らぐのだろうか。
…こう悟った。
わたしだけだ、先生を覚えていたのは、きっと先生はわたしのことを忘れていただろう。そうに決まっている。いや、そうであって欲しい。
今も、ただなまえ・みょうじという生徒が十数年前に居て、それが偶々校長先生に選抜された。厄介な病気を抱えていたことを思い出したのは、悲しいかな、わたし自身よりもその病気のほうがスネイプ先生に印象深く残っていたということなのだ。
「ア、あの、先生」
「…何だ」
「わたしは、今迄なにもわかって居なかったんでしょうねえ」
言い切った台詞に意味を求められる。
それのなんて残酷なことか。
「いつでも独り善がりになってしまいますから」
だからつい、先生がいつまでもわたしのことを覚えていてくれているはずだと、思ってしまっていたんだ。どうして、何十・何百といるありふれた生徒を事細かく覚えているなどという淡い期待をしてしまうのか、分からない。それが恋愛感情なのかも、ただの尊敬に根ざした感情なのかも、分からない。
分からないことばかりだ。
しかしわたしは少なくともこのスネイプ先生という存在を、内々に潜めていることは分かる。
「だからこの“病気”だって、恐れる必要はないんです。だってこれは、人を寄せ付けないし、わたしは、人のちかくにいちゃあ、…駄目なやつなんだから」
「――みょうじ!」
びりびりと、空気が震えるような大声の主。それがスネイプ先生だということに気がつくのに暫く時間がかかった。先生のがいやに真剣で、それでいて必死になにか強く否定したいと願うその声の強さに、驚く。
「…すみません、でも、…そうとでも考えなきゃあ」
「………、みょうじ」
「……ハイ」
「…先程の言動は取り消そう。…お前は、我が輩の生徒だ。…今も、昔も」
確かめるようにスネイプ先生の手のひらがわたしの肩に触れる。
「…此からも、」
その言葉はここに呼ばれた理由として定義付けるには答えにならないような、ぼんやりとして、…曖昧な。
(だから僕はお前を守らなければ、)
20120311