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ああ、凄く緊張する。
心なしか握っている簪があせばんでいたので、取り敢えず着ていたパーカーで拭った。かぶれんじょうののれんをくぐると、公開稽古の真っ最中だ。

――あの誘拐事件から、既に1ヶ月が経っていた。
彼女が助けられてから五分後、俺を起こしたのはなんと先輩じゃなく更にその上の上であるアポロさま。勿論散々罵倒された挙げ句の果てにおまえには向いていません、と言われてしまった。
分かってるさそれ位。言われなくたって。俺が一番よく分かってる。

今の時期はどちらかといえば暇な部類のため、俺は就職3ヶ月にして有給を貰いこうしてかぶれんじょうに足を運んだというわけだ。
中では三味線に合わせて煌びやかな舞妓さんが舞っていて、その中でもやはりモモセさんはひときわ輝いて見えた。あいている座布団に腰を降ろして、荷物を抱く。中には彼女に渡すお菓子(プロフィールには羊羹が好物だと書かれていたので、地元シンオウの有名な菓子屋のものを買ってきたんだぞ、わざわざ)が入っていた。夢中になって見入っていながら、俺は頭のどこかで、彼女はとうに俺なんか忘れてしまっているのではないかと思った。もしそうだとしたら、もう、これで会うのをやめよう。ぐっと拳に力を入れると、華奢な簪がしなった。
この簪を見ると、未だに褪せないモモセさんの笑顔が、脳裏をよぎる。


「‥モモセさん」
「‥‥あれ、」


彼女のなまえを呼んだのとほぼ同時にか、どこかで聞いた青年の声が真横から聞こえる。‥‥あれ、俺、もしかしてやばいんじゃないか。あとから知ったのだが、モモセさんを助けたのは実の兄、エンジュのジムリーダーのマツバだったのだ。その人が今、横に、俺の腕をがっちり掴んでいる。


「君この間の誘拐犯か」
「‥え、あ、」
「何しに来たんだ?」
「あ、っこれ!これを返しに!!」
「‥簪?」
「てっ、手紙が置かれてて、か、返しに来てくれって」
「‥‥へえ」


怖い怖い怖い。
青年、は俺の手から簪と手紙をひったくると手紙を一瞥して小さくため息をつく。それから、ぐっと、襟を捕まれて軽く引き上げられた。勿論周りには気づかれない位に近寄って。


「また誘拐でもするつもりか?あの時ななし‥モモセに言われたから通報しなかったのに」
「‥へ?」
「君が良い人に見えるんだってさ、僕の妹は」



くれぐれも変な真似はするなよ、とドスの聞いた声で釘を刺された。勿論首がもげるほど縦に振って、簪と手紙を受け取る。会話はそこで終わったのだが、稽古が終わるまでずーっと彼は俺の横にいた。



「あにさん‥あい、こないだの黒ずくめの!おこしやす。よう来とくれやしたなぁ」


覚えていてくれた。
‥隣では盛大な舌打ちが聞こえるが。


「あっこれ!簪と、それからシンオウの羊羹、良かったら」
「おおきに、‥黒ずくめのお兄はん、今日は黒やないどすなあ」
「あっ、当たり前だろ!」
「おい、言葉使い。何様だ」


ぎゅう、と足を抓られて思わず悲鳴を上げた。


「いじわるせんと、‥堪忍え、お兄はん」
「こいつはモモセの兄じゃないだろ?」
「おなまえ、知りまへんの」
「‥いやっ‥名乗るなまえも無いっていうか‥!」


「へえ随分なご身分だね」


「あにさん!‥ええどす、事情があらはるんやさかい。また、よろしゅうおたのもうします。お席予約しときますえ」


「あ‥ああ!絶対、また来る!」



拘束されていた腕はしぶしぶ離されたので、早々にかぶれんじょうを後にした。覚えていてくれた、ああ、そうだ、俺を覚えていてくれたんだ!!

にやにやが止まらねえ!


20110513