「ななし!」
稽古が終わり、あねさん方と壇上で話をしていたとき。入り口の方から息を切らしたマツバにいが手を振っていた。
「ほんに羨ましいわあ、モモセは、こんなにええ兄はん持ちはって」
「あい、(いいかどうかは‥)」
「さ、帰るよ」
壇下からすっと手が差し伸べられて、遠慮がちにそれの上に手を重ねると勢いよく引かれ、マツバにいの腕の中に抱き上げられる。 うわあ、腰の際どい所に手があるのは気のせいなのかな、くすぐったい。‥いや、気のせいじゃないな。
「あにさん、降ろして!」
「疲れてるだろ?いいよ、寝てって」
「すかたん、うちもう子供やありまへんえ」
「僕からしたらまだ子供だよ」
平然と言ってのけて、しかも私が1言えば3以上返してくるこの兄に叶わないのはもういつものことだ。渋々、肩に手を掛けると私を抱き直して出口へ向かって歩き出す。あねさんだけでなく、お客様にさえ、いいなあ、と言わせてしまうのは多分、マツバにいの外面(もとい容姿)がいいからだ。家での彼を見たら絶対にドン引きすること請け合いなのだから。
「そうだ、和菓子屋に羊羹の美味しいやつが入ったんだってさ、寄ってく?」
「寄ってく!」
「分かった分かった、ななしは本当に羊羹好きだな」
背中をぽんぽん、と軽く叩かれて、今の自分の状況を再度思い出してまた恥ずかしくなる。街の人は慣れているのだが観光客の視線が、痛い。これもいつものことだ。
「ななし」
「なあに?」
「僕と結婚しようか」
「すかたん」
これさえなければいいお兄さんよ。
20110513