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人生初の悪事がまさかこんなにえぐいものになるとは、思ってもみなかったものだ。やっぱり誰かが言ってた通り、どう転ぶか分からねえんだなあ、うん。
…いやそれでもねえよ、だってポケモンじゃねえんだぞ?これは人間だし、しかもあのかぶれんじょうの舞妓、さん。固定客がいる程人気のあるとんでもない有名人だ。
池の縁でニョロモに餌をやっている所を後ろから目隠ししてささっと車に放り投げて…。我ながら早い仕事だ、…すみません先輩が立てたプランです。

引っ越しトラックに見たてたこれがまず疑われる事はない。薄暗いコンテナの中に、今はその舞妓さんと二人きりだ。


「あのう」


しなりと柔らかな声が静寂に響いて、思わず体をびくつかせた。(良かった、見られてる訳ない、よな。恥ずかしい。)


「お縄、緩めて欲しいんどす」
「…だっ、駄目に決まってるだろ!」
「そうどすか」


身苦しそうに足をのばして、しなだれる。白粉に映えた紅は湿気で少し褪せていた。そこからまた静寂だ。もともとあまり静かな所に慣れていない俺は(何てったって5人兄弟だからな!)、この雰囲気に耐えられない。


「…目隠しなら、外してやってもいいぞ」


なにも考えずに、ぽつりと口をついて出た言葉は彼女を喜ばせた。


「ほんまに?」
「ああ」


俺は立ち上がって彼女のそばに片膝をついて目の布をそっと取り払う。すると、丸い紫色の瞳とばっちり視線が重なってしまい、気恥ずかしくすぐ目線を下ろした。まさか、いやこんなに美人だとは思わなかった。目だって真っ黒だと思っていたし、そもそもこんな、…こんなにきれいな顔をしているとは。


「おおきに、黒ずくめのお兄はん」
「縄は緩めないからな」
「あきまへんの?」
「当たり前だろ」
「そんなこと言わんと」
「っ、調子狂うなあ、あんたと喋ってると!」


ペースが確実に乱されてる。このはんなりした口調のせいだけじゃない、何故だろう、彼女と話していると毒気がすうっと抜けていってしまうのだ。さっきまでは後悔はしていたにしろ、覚悟は決まっていたはずなのに、初仕事というものはこんなに心が揺れるものなのか?ああ、先輩、早く帰ってきてくれよ、もう。


「お兄はん、お兄はん」
「…今度は何だよ」
「うち、これから稽古があるんどす、行かんと」
「おまっ、お前馬鹿か!稽古があるんどす、はいそうですかって解放するわけ無いだろ!これ、誘拐だからな!」


これは本気で言っているのか、からかっているのか。


「ちゃんと夕までには帰ってきますえ」
「信じるか!もうやだ!お前本当になんなんだ!」
「舞妓どす」
「知ってるわ!」



「――あ」


突然、俺との会話を閉じ小さな声を上げて後ろにある入り口に指を差す。ははあ…わかった、そうやって後ろを向いた俺に何かするか、からかうつもりだな、こいつ。


「残念だったな、そんな子供騙しは聞かねえよ!」
「…へえ、あの…あんじょう、おきばりやす」
「……え?」






『ゲンガー、さいみんじゅつ』


若い男の命令をする声を最後に、意識がぐらりと落ちていくのを感じた。ああ、そうか、このことを言っていたんだ彼女は。態と俺に知らせたんだよ。俺って損だなあ、…本当、に。
最後に目に飛び込んだのは、心配そうに俺を見る………、








「心配したよ、あの池にいるって言ってたのに行ってみたら居ないしさ」
「おおきにどすえ、あにさん」
「いいよ別に、それから今はその言葉も」


「…、なんで此処に居るって分かったの?」
「これがトラックのそばに落ちてたから」


ポケットから取り出したのは私が着けていた桃色の簪だ。外に行くときには必ず着けていて、今や私といえばこの簪が目印だという位だったから。それ以前に、この人実は私の兄だということもあるけれど。
マツバにい(マツバ、と呼ばないと何故か怒る)とばかり話していると、ふてくされながらすり寄ってきたゲンガーの頭を撫でる。ありがとう、とお礼を告げるとこそばゆそうに目を閉じて笑った。


「さて、行こうか」
「あっ…ちょっと待って」


私の手を引こうとしたマツバにいを制止して、すっかり眠りこけている黒ずくめの人のそばにしゃがんだ。黒いキャスケット帽を外すと、案外優しそうだ。ピンク色の髪が目立つだけで。


「この人悪い人じゃなさそうよ」
「…ななしにかかると、世界中の人間みんな善人みたいに聞こえるよ」
「書けた。…行こう?」
「何書いたんだ?」

「ふふ、秘密」





『稽古があるのでお先失礼致します。
私の簪を置いていきますので、今度是非、かぶれんじょうにお立ち寄り下さいませ。――モモセ』

20110513