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この世は無情だ。
人を助けても、どれだけ救ってもそれを飲み込む速さで人は死ぬ。
ならば私はなぜ人を生かすこの道へ進んでいるのだろうか。
それは未だわからない。










「やあ、久しいなあ」


駕籠の中から感嘆の声が聞こえてきた。僅かな隙間から御師匠の曲直瀬道三先生の頭が見える。綺麗に剃られているそれは、この時候柄手拭いが巻かれているくせに、しっとり汗ばんでいるせいか、描かれた梅の花が色濃い。


「御師匠、本当にあの松永殿の城へ参るのですか?」

「ああ、儂は医者だからなァ」

「‥私は恐ろしいです」


松永弾正久秀。
数多の罪を犯した戦国の梟雄と名高い名将。またある一面では粋な教養人であり、茶の湯を好むらしく、御師匠ともよく風流な手紙を遣り取りしていたところ、今回は茶会を含めた検診を行うということに取り決まり、わたしはその助手として呼ばれることとなった。御師匠の弟子になって早くも四年が経つが、松永殿と会うのはこれが初めてだからこそ、噂やら又聞きでの印象でしか人となりの判断材料が無いのだ。
「なぁに、宛ても無い噂もある」

「‥先生が看てらした足利義輝様を永禄の変で殺めたのは、松永殿と伺いました」

「‥時代の流れよ、それは恐ろしい事よなあ、ななし」


将軍殺しに寺の焼き討ち、聴くのは物騒な話ばかりだった。しかし、御師匠から聞く話はまた毛色が異なる。古物を愛し、風流を愛し、そして粋な方だと言う。今回は中風の気があるということで、その検診の内容は治療と経過を御師匠が自ら看るために、松永殿の意向で招かれるかたちとなっている。殺されることはないと分かりはしても、やはり恐ろしいことに変わりはない。


「お前、松永殿を鬼か悪魔かと思っておるな」

「‥わかります?」

「ははは!顔が真っ青だ!確かに松永殿は魔王の配下におるがな!」


御師匠の高笑いが駕籠ごしに外に響いて、田畑を耕す者たちが驚いて顔を上げるのを申し訳なく思いながら、私は手綱を握る力をぐっと強め、目の前に聳える城を見る。
信貴山城、それから下に広がる町々。国はそれなりに潤い、貧困に喘ぐものは殆どいないという。あの恐ろしい噂の反面は、こうして自らの治めた土地は善政を布き、民に有り難がられているということだ。
――どんな男なのだろうか。


「しても、長閑よなあ。此処は」


御師匠のしみじみとしたような口調に、私も思わず元のない懐かしさを感じずには居られなかった。


20110607