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“最近おなごを引き取った。身よりのない、可哀相な娘だ。儂が育てようと思う”



初めて目の当たりにしたそのとき、何と脆く、そして柔な娘なのだろうと思った。
主張のない黒い目は常に道三のほうを向いている。殊に懐いているが、そこには男女の情は一切無いようだった。面を上げぬ娘がふと私を目だけで確認した。私は見ぬ振りをしてやった。医術を学んでいることを除けば、只の娘である。
その娘はしかしながら、何かが欠けていた。
欲、である。
欲が見えない。技術以外のものを何も求めていないようだと見た。それはあの生真面目な曲直瀬と共に居たからではなく、培われたものなのだろうと思う。

目の前で娘が倒れた。
ゆっくりと。刹那の合間にいるように。膝をついて娘を見た、笑っていた。ほたるが、と言った。そろそろ時期も終わるだろう、それより真昼から見られるわけも無かろう、葉月も終わりだから、と返した。失望の色をみた。


“先日文でも述べた娘が医術を学び始めた。めきめきと成長している。”


黒い目はとじられる。
あの目をもっと見たかったのだが。真っ赤に熟れた頬に触れれば、熱を帯びていた。太陽の日差しに遣られたのだろう。着物についた砂を払ってやり、娘を抱き上げた。
部屋に布団をひかせ、寝かせてやる。もし息をしていなければまるでしかばねのようである。



“壺に入れた金平糖がすべて無くなった。全く、ななしは金平糖が好きらしい”


図らずも私はこの娘の子細を知っていた。道三がよく手紙に記していたからだ。時を経るにつれて、気がつけば私はそのななしと呼ばれる存在になにか興味を抱いていた。
たかが小娘に、何を求めていたのだろう。
恐らくこの飽き飽きした平生に、火薬を焔に投じたときのような煌めきを求めていた。
娘は目を覚ました。
水がほしいと言う。
私は水を差し出した。娘は口にしたが、はしから飲むことができずに零している。
水のみを差し出してやるのが良かったか、今更か。


『――!!!!!!』



思うほか反応は良かった。しかし、なせだ。
なぜそう冷静で居られる。詰まらない。私は卿に何を求めているのだろうね。分からない、いや、分かる。わかってはいるが。詰まらない、だが、いい、悪くはない。期待の以上でもないが以下でもない。


卿を人間くさくしてみたい。


混沌な熱情の沼へと深くいざないたい。歪む顔が見たいのだ。
だから私は卿にもっと踏み入ってみせよう。心を割砕いて、詰って、そして最後は、――最後は、まだ決まって居ない。


20120615