高さ50メートルの壁の上で、沈んでいく夕日をじっと眺めていた。
外の世界の、そのまた外へと落ちる太陽が完全に姿を消せば、辺りは一気に暗くなる。
雪が降り積もる季節。日が落ちたことで気温はぐんと低くなった。
加えて地上50メートルの高さにいるのだから、びゅうびゅう吹き抜けていく風もとんでもなく冷たい。つまり、寒い。
指先がかじかんで、冷たいを通り越して痛くなってきた。そのうち痛いを通り越して何も感じなくなるだろうから、それまで我慢していようかな。
なんて考えながら空を見上げる。厚い雪雲に覆われて星も月も見えないが、この真っ黒な空もなかなか悪くないと思った。
はー、と白い息を吐き出したところで、誰かが壁の上を走ってくる気配がした。
こんな寒い夜に壁の上に登るなんて、物好きもいるものだ。自分のことを棚に上げてそんなことを考えていれば、その気配は私の近くまで来て声をあげた。

「あっ、いた!こんなところに……」
「その声、アルミン?」

そうだよ、と言って笑ったのはどうやら同期の訓練兵であるアルミンらしい。
息を切らした彼が私に近づいて、ようやくその顔が見える距離になった。

「探したんだよ」
「……」
「またエレンと喧嘩したの?」
「……」
「ここ、寒いでしょ。戻ろう」

座り込んだままの私の前に、男にしては華奢な手が差し出される。
じっとその手を見て動かずにいると、アルミンは困ったように笑った。そして私の手を取って無理矢理に引っ張り、立たせる。
危ないな。バランス崩して落ちたりしたらどうするんだ。

「わ、手冷たいね」
「そう言うアルミンはずいぶんあったかいね」
「走ってきたから」
「……へえ」

私を探すためにわざわざ走ったのか。
なんか申し訳ないな。こんなに寒いなか、わざわざ……。
俯いて、内心でどう謝ろうか考えていると、アルミンがおもむろに私の頬に触れた。急に感じた人の体温に、肩がびくりと跳ねる。

「震えてるよ」
「寒いから」
「じゃあなんでこんなところに……」
「なんとなく」

はあ、とため息をつかれた。すみませんね、ご迷惑おかけしてしまって。
片手は未だに繋がれたままだ。いやでもアルミンの手あったかいな。
冷えきっていた手がじわりじわりと感覚を取り戻していくこの感じ、けっこう好きだ。

「手、冷たいね」
「……アルミンの手は、あったかいから、こうしていれば平気」

ぎゅっと指を絡ませる。なんだか恋人繋ぎみたいになってしまって、今さら恥ずかしくなってきた。
でも、暖かい。
なくなりかけていた指先の感覚が戻っていく。それに伴って、肌に触れているアルミンの体温も伝わってくる。

「手が冷たい人は、心が暖かいんだって」

アルミンがぽつりと呟いた。
少し寂しげに、自嘲気味に発せられたその言葉は、裏を返せばつまり、手が暖かいアルミンは心が冷たいと言っているようで、納得がいかない。

「そんなの関係ない。アルミンは、優しいよ」

優しくて強くて賢明で、仲間思いだ。現に今も、こんなに寒いなかを私のために走ってきてくれた。
そう言うと、彼は照れたように笑った。
繋がっている手が一際熱く感じたのは、何故だろう。

それは甘い温度



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