後ろから名前を呼ばれ、帰り支度をしていた手を止めて振り向いた。
目立つ赤髪が視界にうつって、オレンジがかった瞳と視線がぶつかる。
こちらに歩いてくる足取りはどこか軽やかで、機嫌がよさそうというか、楽しそうというか。

「カルマくん、どうかした?」

そう聞いたときには彼はもう目の前まで近づいていて、じっと私の目を見つめてくるその瞳が少しこわく感じた。さりげなく視線を逸らし、カバンに教科書やノートを詰める作業を再開する。
そんな私の手元を見て笑ったカルマくんが、机に片手をついて私の顔を覗き込んだ。

「全部持って帰るの? 置き勉すればいいのに」
「でも、もうすぐテストだし」
「はは、真面目」

真面目、と。そう言う彼の声には明らかにからかいの意図が込められていて、少し居心地が悪い。
声をかけてきたぐらいだし、何か用事があるのではないのだろうか。
そう思ってカルマくんの方を見ると、目と鼻の先に彼の瞳があって、ぎくりと身体が硬直する。薄ら笑いを浮かべながら、キスでもするんじゃないかって距離で彼は口を開いた。

「俺のこと、こわい?」
「え、」

暴れ回る心臓の存在を感じつつ、少しでも離れようと思って足を動かそうとしたら、その行動を咎めるかのようにカルマくんが私の頬に手を添えて首を傾げる。
するりと頬を撫でるその手が思ったより冷たくて、背中を嫌な汗が伝うのを感じた。
授業で出された課題を終わらせるのに時間がかかってしまったせいで、夕日が差し込む教室には私たち以外に誰もいない。
夕暮れと同じ色をしている彼の瞳を見つめつづけるのがあまりにも恥ずかしくて、目を逸らそうとしたのとほぼ同時に、頬に触れていたカルマくんの指が私の唇をなぞった。
下唇の感触を確かめるように親指が滑る。思わずきゅっと口に力を入れた。

「目が合うとすぐ逸らそうとしたり、話しかけると身体強ばらせたり、こうやって触ると──」

静かな口調で、しかしどこか楽しさの滲む声色で言葉を紡いでいたカルマくんの指が、唇から顎へと移動して、くっと上を向かされる。
端正な顔が視界いっぱいに広がって、バクバクと鳴り響く心臓の音がとてもうるさい。

「真っ赤になって黙り込んだり。……それってさ、俺のことこわがってんのかと思ったんだけど」

しっかりと視線を交わらせたまま、カルマくんがひどく愉快そうに目を細めた。
「ちがう?」と聞くその声とは裏腹に、彼の顔は、もう答えを知ってるとでも言いたげな余裕の表情だ。
めまいがするみたいに頭がくらくらする。彼が指摘したように、私の顔は真っ赤になっていることだろう。だってすごく、熱い。
この気持ちを素直にカルマくんに伝えたら、彼はどんな顔をするだろうか。
やっぱりね、といたずらっぽく笑うのだろうか。もしくは、照れて頬を染めたりするのだろうか。それとも。
その答えを知るために、ありったけの勇気を振り絞って、私は息を吸い込んだ。

それは甘い感情



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