※主人公が雷蔵の姉


姉さんのことが大好きだった。
3つ歳上の姉さんは優しくて、女の子みたいになりたいって言うアタシにいつも洋服を貸してくれる。
かわいらしいスカート、花柄のワンピース、フリルやレースのついたシャツ。
目うつりしてしまうような素敵な洋服をたくさん並べて、親から拝借した化粧道具で化粧をして、2人でこっそりファッションショーごっこをしたこともあった。
姉さんは優しいから、どんなときもアタシを拒絶しない。
それでいて、姉さんは強いひとだ。もっと男らしくしろと怒鳴る父親からアタシを庇って、言い返してくれる。
父親に殴られて腫れたアタシの顔を手当てするとき、ひどく悲しそうに眉をひそめる姉さんは、お姫様みたいに可憐で、そして王子様みたいにかっこよかった。

「こんなに綺麗な顔を殴るなんて、こんなにかわいいのに怒鳴るなんて、ひどい親だね」

そう言って慈しむようにアタシの頭を撫でる手は、とてもあたたかい。甘えるように抱きつくと、照れ笑いながら抱きしめ返してくれて、ああ、このひとがアタシの姉さんで本当によかった、なんて。
アタシはずっと、ずっとずっと姉さんのことが大好きで、姉さんもアタシをいちばんに想っていてくれる。それはこれからも絶対に変わらないんだと、そう思っていた。


「私ね、好きな人ができたの」

夕暮れどき、居間でテレビを見ていると、隣に座る姉さんがぽつりとそう呟いて、わけがわからなくなった。
頭のなかは真っ白で何も考えられないのに、胸のなかはひどく暗くて重たくて、お腹の奥からどろどろした嫌なものが込み上げてくる感覚がする。

「……だれ、が」

ようやく絞り出した声は掠れていて、透明だった。姉さんが首を傾げる。アタシの声が聞き取れなかったのだろう。
少し距離を詰めて見つめてくる姉さんの顔を、どこかぼやっとした視界に映したまま、できる限り優しく、穏やかな声でもう一度尋ねた。

「誰のことが、好きなの?」
「……雷蔵と同じ学校の、」

恥ずかしそうに、けれど嬉しそうにその名前を言う姉さんの声に、なんとも言えない絶望感が湧き上がる。
確かにその名前は、以前商店街で姉さんと買い物をしているとき、ばったり出くわしたことがある男のものだった。
背が高くて、男らしくて、リーダーシップがあって、勇敢で、強い。アタシとは似ても似つかない。
ねえ、そいつのどこが好きなの?
アタシが持ってないものばかり持っているそいつの、どこを好きになったの?

「雷蔵?」

黙り込んだアタシを心配しているのか、姉さんが不安そうに顔を覗き込む。
瞬きをすると、少しだけ視界がクリアになると同時に頬を熱いものが伝った。そうか、アタシは泣いているのか、なんて呆然と考えている自分と対照的に、目の前の姉さんは大慌てでハンカチを取り出す。
ぽろぽろとこぼれ続ける涙を拭ってくれる姉さんの、その頬に手を添えた。

「どうしたの?」
「姉さん、」

姉さんは、きっとアタシのことをただの弟だと思ってる。姉弟なんだから、あたりまえのこと。
だけど、いまはそれが、すごく嫌だ。
彼女の頬に触れている右手を首元に滑らせ、鎖骨をなぞるようにしてから肩を優しく掴んだ。
左手で、ハンカチを持つ姉さんの手を取る。
肩に置いた手にゆっくりと力を込めて姉さんを押し倒し、お腹のあたりに跨って、そこでやっと姉さんが戸惑うような声をだした。

「らい、」
「好きよ、姉さん」

窓から入り込むオレンジ色が、アタシたちを照らして、暗い影をつくる。
いまの状況には場違いなほど綺麗な彼女の瞳は、困惑と焦燥と、少しの恐怖に揺れていた。
それでも姉さんは優しいから、どんなときもアタシを拒絶しない。
そのことをわかってキスをするアタシは、彼女にはどう見えているのだろうか。

それは甘い嫉妬



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