▼ Falling Down
自分しかいないこの部屋で、ふと人の気配を感じて思わず動きを止める。
鍵も閉まっているはずなのに、振り返ればいつもの黒衣を纏ったシズル・シュウがそこに佇んでいた。
......何か、いつもの彼とは違う雰囲気のような......。
私が振り向いても口を開く様子がないので、恐る恐る声をかけてみる。
「シ、シズルさん......?」
「......」
シズルは押し黙り相変わらず目線を床に落としたままだったが、ユリアーネ、と私の名前をぽつりと呟いてからこちらに近づいてきた。
「あ、あの......」
初めて目が合う。
なんだかとても無表情な瞳で、少し怖くなった私は距離を置こうと後ずさる。
しかし、それは突然シズルによって抱き寄せられ阻まれてしまう。
恥ずかしくてでも怖くて、身をよじって抜け出そうとするがびくともしない。
なぜ彼が、どうやってここに来たのかという疑問はとうに消え去っていた。
ふと顔をあげると、今度は彼の顔が近づいてきて唇を重ねられた。
私はびっくりして体を押してみるけども、これもまた無力で。
きっと今の私の顔は真っ赤に染まっているだろう。もう目なんか開けていられなかった。
「ん......っ.....」
後頭部をがっしりと抑え角度を変えて口付けを繰り返すシズルに、為す術もなくじっと耐えるしかなかった。
そうしてからようやく解放された。
「う......はぁ、シズル、さん......」
「......ユリアーネよ、どうだ?お前が想いを寄せるこの男と、ずっとこうしたかった。これがお前の望みであっただろう」
「え......」
シズルは、良かったな、と笑っている。
良かった......?
確かに、私はシズルのことが好きだ。
嬉しくなかったと言えばそれは嘘になる。
良かった......のかもしれないけど。
でもさっきの口ぶり、この人はシズルではないのか?
口調は違うものの、見た目はどこからどう見ても彼本人である。
困惑している私は気にも止めない様子で、さらに続ける。
「我が名はカムハーン。体はシズル・シュウという男の物ではあるが、今は私の所有物ということになっている。特に重要視するところではない。気にするな」
つまり体はシズルだが、中身はカムハーンという別の人格が入っているということなのだろうか......。
おいそれと簡単に納得できる話ではない。
「......シズルさんはどうしたんですか」
「聞こえなかったか? 重要視するところではない、と」
「そんな......」
シズルの安否が心配なのに、答える気は欠片もないようだ。
カムハーンはまだ私を抱きしめたままだったが、薄ら笑みを浮かべてから決して優しいとはいえない加減で私を床に押し倒した。
「この男もお前のことを想っていたようだが、私もまた興味が湧いてきたところだ」
「......っ」
押さえ付けられている手首がぎりぎりと痛む。
「喜ぶといいユリアーネ。お前を次の我が生涯の伴侶にしてやろう」
「伴侶......!?」
「......そうか、お前は初めてか。ふ、だが安心するがいい。私とて無慈悲な訳ではない、加減はしてやる。お前はただ私に身を委ねよ」
と、思いがけずカムハーンは上着を脱ぎ肌をあらわにする。
「あ......やだ......やめて、ください......!」
構わずカムハーンは私のブラウスのボタンに手をかける。
「いや!助けて......シズルさん......っ!」
「お前の愛する"シズル"は目の前にいるだろう、ユリアーネ!フハハハ!」
心底愉しげな表情でさっきよりも深く乱暴に口付けるのだった。
prev / next