▼ Drain Mist
「ん、......ん.....?」
どうやら、眠っていたらしい。
あれ? いつの間に寝てしまったんだろう?
まだぼーっとする頭で記憶を辿ってみるが、全く思い出せない。
――手、足、そして目。
布のようなもので縛られているような感覚に気づいた。
身動きは取れないし、視界は閉ざされている。
ひんやりとした床の温度に少し不快感を覚えた。
「......気が付きましたか」
「その声は......フレイ、さん?」
何も見えない暗闇の中、よく知る声が聞こえてきて少しだけほっとする。
「ええ、よく分かりましたね。僕のことがすぐに分かるなんて、嬉しいです......」
「あ、えっと、この、目隠しはなんですか......? 外してくれませんか?」
「それは僕がやったんです。君に……何処にも行って欲しくないから」
「え......? あ、あの......」
なんだかいつものフレイとは様子が違う気がした。
「ずっと僕の傍にいてくれますよね」
「フレイさん......急に、どうしたんですか......?」
「......君なら、僕に寄り添って愛してくれると思ったから。あの人は違った。僕よりも万人の英雄になることを選んだから......」
顔は見えないけれど、声色が変わるのが分かった。
「ユリアーネ、ユリアーネ。愛してる。ねえ、僕だけを見て......!」
強い力でフレイは私の肩を掴んで乞う。
私は酷く混乱していた。
愛してるとかずっと傍にいて欲しいとか、どういうことなんだろうか......?
結婚して欲しいとかそういうことなのだろうか?
「ち、ちょっと待って......! 愛してるって、気持ちは嬉しいですけど、けど...... あ、ほら! こういうのって順序が......」
「まずはお友達から、とでも言いたいんですか? ......待てないです。そんな過程、必要ない......」
今日のフレイは、感情の起伏が激しいみたいでなんだか怖い。
いつもあんなに温厚なのに焦って苛立っているような、そんな感じがした。
「フレイさん......」
「......僕のお願い、聞いてくれないんですか」
「い、いや、そういうわけじゃ......」
困った......。
嫌いなわけじゃない、嫌いなわけはないけど。
はい貴方と一生添い遂げますと、今ここで簡単に言うことは出来ない。
そうですか、と冷たい調子でフレイは呟いた。
「......君がそんなに嫌だと言うのなら、わかりました。君に見放されたら、僕はもう......生きている意味はないです......」
「う、そんな......」
「ああ、僕なんて死んでしまえばいいんだ。そうですよね」
「――いま、ここで」
そう聞こえたかと思えば、今度はガランと鈍く乾いた音が響く。
嫌な予感しかしなかった。フレイがいつも使っている大剣の音だ。
「......!! わ、わかりました! 私、貴方とずっと一緒にいます。だから、そんなことを言うのはやめて......」
「ふふ、ユリアーネならそう言ってくれると思っていました」
どうしよう。
はい、と言ってしまった。
身動きが取れない私は、ただじっと彼の言葉を受け止めることしか出来ない。
「今のが脅しに聞こえますか? 卑怯だと思いますか? 君の気持ちを置き去りにしても、君を手に入れる為ならなんだってするよ.....。さっき言ったでしょう、過程なんて必要ないって」
「これから僕のこと、ちゃんと愛してくださいね」
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