▼ この手を離さない
黒く変色した脚を、引きずって歩く。もう、指先からもその色が侵食してきている。
目指すのは裏インターネットの奥深く、静かな薄暗い森の中。
先程の身の毛もよだつような体験を思い出す。
突如として、それは現れた。黒くて不気味なもやもやとした球体のようなモノと出会った。
ただの黒い霧なのかと伺っていたら、どうも様子がおかしい。
それはゆっくりと私に近づいてきた。背筋が凍って、たちまち動けなくなった。
これがなんなのか、生きているのか、何も分からない。
次の瞬間、それは私をいともたやすく飲み込んだ。
その中で激しい頭痛を感じた。脳内に直接働きかけてくる。言葉が、響く。
"お前を苗床として、この世界のものを全て破壊してやる"、と。
ただそれだけを残し、黒いもやもやは私を吐き出してどこかへ消えていった。
直後はなんともなかったのに、すぐに呼吸が苦しくなって。
先程の言葉から察するに、多分、多分だけど、これは周りに感染して人を死に至らしめるウイルスらしかった。
怖くて怖くてどうしたらいいのか分からないけど、とにかく人がいない場所に行かなきゃ。そう思い立って木々の間を進んでいる。
きっと、どんどんと侵食してきて、最後に私は腐り落ちてしまうのだろうか。
想像しただけで身が震え上がって涙が溢れる。
それでも歩みを止めてはならなかった。
こんなものを、他の誰にも伝染すわけにはいかないから。
数十分、歩き続けた。この辺まで来れば安全だろうか。
ぐるぐると目眩がしてきたので、少し休憩することにする。
幸いなことに、凶暴なウイルスにも出会わない。
膝を抱えて、自分の体を恐る恐る見る。
……さっきよりも早いスピードで、私の体は染まっていた。
やっぱり夢じゃない。夢だと思い込みたいのに、現実は簡単にはそうさせてくれない。
直視したくなくて、ぎゅっと目を閉じた。
「え…………」
ふいに、かさ、と草木を踏む音がして、辺りを見回す。
こんなところに誰もいないはずなのに、来ないはずなのに。
来て欲しくないという思いと、誰でもいいから私を助けて欲しいという願いで訳が分からなくなっていた。
誰にも私を救うことなんて出来ないのに、巻き込んでしまうのに、そんなことを考える自分が嫌だった。
すぐに距離を取れるように、ふらふらと立ち上がった。
手足の感覚が無くなってきている。
じっと木の陰に視線を集中していると、その音の主は姿を現した。
「フォルテ、さん……?」
この人を私はよく知っている。私の、大好きな人。
いつもそうだ、この人を見ると、とてつもなくほっとしたような気持ちになるのだ。
でも今は助けを乞うことは出来ない、安心したような込み上げてくるものを抑えこんだ。
どこか遠くへ行ってもらわねば、と思った。
「どうしてここに……?」
「…………」
なにも答えない。
フォルテさんの瞳は一切揺るがず、私を貫いている。
「……ユリアーネ、その体は」
「これは……その、なんでもありません」
誰がどう見たって異常だとすぐにわかるのに、見苦しい言い訳だ。
無論、フォルテさんは納得していないような様子で、考え込むようにしている。
「あの、それじゃあ私はこれで」
動かすのもやっとな脚で去ろうとしたその時、フォルテさんは何の躊躇も見せずに私に近づいてきた。
手を抜いているであろうフォルテさんの歩みに適わないのは当然だった。
「だ、め……きちゃだめ……」
「黙れ」
発せられた第一声は冷たく、低い声色だった。
どんなに私が来ないでと拒絶しても、フォルテさんは足を止めてはくれない。
耐えきれなくなって逃げようとしたけども、案の定転んでしまう。
「やだ……っ!!」
もがいてももがいても、思うように体が動かない。
フォルテさんは何をするつもりなの。どうして近づいてくるの。
私に触れでもしたら貴方も死んでしまうのに。
そんな私の思いを知らずに、フォルテさんは覆い被さるようにして私の上に乗った。
暖かい、体が重なる。目の前には、真剣な面持ちのフォルテさんの顔がある。
「ひ、」
「ユリアーネ……お前は、こんな姿に……」
そう言って、フォルテさんは私の黒く染った部分を優しく撫でた。
「!! 本当に、だめ! お願いします離れて……!!」
「嫌か?」
「嫌とかじゃない……!! この呪いは感染してしまうんですよ……! 貴方まで死んで欲しくない……っ」
「……一人で死ぬつもりか?」
「他に方法がありません。こうすれば、みんな助かるの」
その瞬間、はっと息を呑んだ。
「……ふざけるな……俺を置いて逝くつもりか?」
――初めて、見た。
フォルテさんの悲しげに歪んだ顔が、あまりにも切なくて。
その言葉の意味がうまく飲み込めなくて。
「え、フォルテさ……」
「俺に、任せておけ」
フォルテさんの顔が迫ってきたと思ったら、今度は私の口内に彼の舌がぬるりと侵入してきた。
背中に地面の固い感触を感じて、逃げられないんだと諦める他なかった。
静寂の中で、私たちの息遣いだけが響いている。
それがどうしようもなく羞恥心を増幅させた。
この人はこんな時に何をしているのか。そんな疑問が頭をよぎる。
あの呪いのせいもあるのか、すごく苦しくてまた涙が溢れた頃、フォルテさんはようやく私を解放してくれた。
「……! えっ……!?」
体が、軽い……?
自分の手足に改めて目をやると、どうだろうか、侵食が引いている。
「ゲットアビリティプログラムだ」
ゲットアビリティプログラム。その存在は私も知っていた。
私の粘膜から直接呪いだけを吸い取ったのだと、フォルテさんが教えてくれた。
まさか、そんな使い方が出来ただなんて。
「で、でもそれじゃあフォルテさんが……!」
「……ふん、どうやら平気なようだな。俺は今まであらゆるものを食らってきた。おそらく、その中でこれに対する抗体が出来ていたんだろうな」
それを聞いた途端、体から力が抜けて強ばっていた手足をその場に投げ出した。
難しいことはよく分からないけど、一つだけ確かなことがある。
私も、フォルテさんも、助かったんだ。
「これは……賭けだった。もし失敗したら、お前と共に死ぬつもりだった」
「で、でも……私は貴方に死んで欲しくない。少しでも貴方が死んでしまう可能性があったなら、やめて欲しかった……」
「……俺はもっとお前に死んで欲しくない」
「…………!」
フォルテさんが負けず嫌いなのは知っていたけど。まさかこんなにお互いを想うことで張り合うなんて。
どちらともなく、私たちはくすくすと笑っていた。
フォルテさんにおずおずとお礼を言うと、彼は顔を逸らして私の左手を握った。
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名無しの管理人様!……と、ここでもお呼びしてもよろしいでしょうか
大変お待たせいたしました……本当に遅くなって申し訳ないです
シチュエーションおまかせということで、好き勝手に書いてみました←
フォルテにデレさせてみたかったんです!いつもツンが多い気がするので!w
色々とツッコミどころがありますが、目をつむって頂けると嬉しいです……!
名無しの管理人様には、相互リンクして頂いたりと大変お世話になっておりますので、どうぞこれからもよろしくお願いします!
企画へリクエストして頂き、本当にありがとうございました!!
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