バイト先に異動してきた斉葉という正社員がどうも地雷臭くさい。
迅速な対応が求められるファーストフード店だが、本人もはよせいとバイトを急かす癖に斉葉の行動が遅い。遅い、というかこの店が回転早すぎるのもあるけどさ。
前回異動してきて馴染めず退職してった社員さんと(ぽっちゃり体型な部分も含めて)似ている。
そんなこんなで主にバイトの高校生を中心として、異動してきた斉葉の愚痴というか悪口大会で今日の事務所も賑わっていた。

「あーはいはい、大会はそこまで。つーかそんな喋る余裕あるならお前ら仕事中もっと声掛けしろ」
更衣室から制服に着替えて出てきた府中は笑いつつもそんな高校生を叱った。バイトの中ではベテランの部類で持ち前の明るさで高校生からの信頼も厚い。
「チャラ男が何言ってだ」
そんな府中を細目で睨みつけ溜息まじりにぼやく声。
「俺チャラくねーよ!マーが真面目すぎんのー」
気楽にいこうぜーと府中はマーと呼んだ青年の肩を組んだ。
「うっぜ、邪魔」
マーこと岡澤真聡(まさと)は携帯から目を離し府中の手を払いのけた。ご丁寧に制服の肩の部分も軽く払う。
そんな岡澤の動作に密かに眉をひそめた高校生は複数いた。
しかし府中はそんな岡澤の対応を特に気にとめることもなくへらへらと笑う。
「マーはツンデレだもんねー」
「お前が無駄にチャラすぎるんだよ。あ、今日ヘルプの女の子にアドレス聞いてたの美咲ちゃんに伝えといたから」
「だから俺チャラくねーし、俺のどこがチャラいんだよ、というかちょっと待て美咲に言ったのかよ!」
女たらしの府中の彼女の美咲はバイトの中でも中心に立つ人物である。長身細身で毎回化粧ばっちり、そして怒らせるとめちゃくちゃ怖いお姉様でもある。特に彼氏の女好きに関して。
「まじマーと美咲どこで繋がってるんだよ…げっ、美咲からメールきた」
焦る府中をよそに岡澤は「ざまぁ」と言い再び携帯に目を落とした。
「うわー美咲超怒ってる、これはやべーな…つーか美咲とメアド交換してるなら俺にもメアド教えてよ」
府中は椅子に座っている岡澤の背中にに寄りかかる。
「嫌だ府中は無理。自分の連絡アドレスの中に府中のアドレス入れたくない。生理的に無理。とりあえずどけ重い邪魔」
「女子かよ、そこまでくると流石にへこむぞ」
バイト中だろうと休憩中だろうと常に騒ぎつつも中心にいる女好きの府中浩介とそんな府中たちを軽くあしらい他人に興味などありません、とのように無口無表情で黙々と作業をこなす岡澤真聡。
対極の二人がなんだかんだバイトの中で中心となって店を支えていた。他の人からの信頼等は雲泥の差であったが。

最近マーの様子がどうもおかしい、と府中は思っていた。仕事上のミス等は今まで通りない、むしろ府中の遅れをカバーするというのもいつも以上であった。そういう意味では府中は岡澤のことを一部の社員、主に斉葉以上に尊敬していた。
高校生も話してたけど斉葉さんがどうも足引っ張ってるんだよなー、慣れないといっても。府中は愚痴る高校生とは違っていかに斉葉も含めて店を上手く回すかを考える。
じゃあ、マーの様子がおかしいのはなぜ?
「岡澤、店舗内清掃いってきてー」
「わかりました」
この時間は斉葉がシフト配置をしていた。今日は比較的店も回っている。というか客入りが少ない。ただバイトの人数は多い方だから製造側の岡澤が店舗内清掃に行くほどではない…はず。
「最近岡澤さん清掃多いですね」
「あの人まじなに考えてるかわかんねーよな。そのくせ黙々と作業してるかと思ったら調理場清掃しろって文句言うし」
「はっ、岡澤さん店舗内清掃似合ってるわー」
高校生たちがぼやく。
「そういうこと言わずにマーを見習っとき、尊敬できる部分多いぞ」
府中はそんな彼らをたしなめた。岡澤は若干潔癖性の気もあるが早めにバイトに入って調理場の清掃等もいつもしているくらいだ。
「おーい調理場うるさいぞ、私語は慎めー」
もっと他に注意の仕方もあるやろ、と心の中で斉葉にツッコミを入れつつ府中は作業に戻った。
その時間の仕事は岡澤の代わりに斉葉が仕事をこなしていたが、府中とはどうにも噛み合わなかった。

「おい岡澤ぁ!」
ここ数日は岡澤が何時間も店舗内清掃に割り振られていた。岡澤に対して良い印象を抱いていない高校生たちも疑問視するほど。
「お前なんで15分で清掃とゴミ捨て終わんないの?」
そして岡澤を店舗内清掃に割り振った斉葉が何かにつけて怒るという光景が日常化しだした。ちなみに店舗は200席と比較的広いので潔癖性の岡澤では15分では清掃も半分程度しか終わらないだろう。
床のゴミを掃いて机を拭く、確か岡澤は床はモップを掛けて椅子も拭いていた気がする。潔癖性が掃除するだけあって綺麗だがそれだともちろん時間は掛かる。
「申し訳ありません」
「ホントだよ。今日はシフト21時半提出になってるけどゴミ捨て終わらせてから帰れよ、タイムカードは押しとくから」
現在21時25分。確か岡澤の自宅近所のバスは終電が早かった気がする。それで大学生でも22時までバイトに入れないって話はバイトの中では有名だ。異動する前いた社員さんはそんな岡澤を考慮していた人だったのに。
「誠に申し訳ありませんが、」
「あ?文句あるのか?仕事できてないくせに」
案の定岡澤がそのことを言おうとしたのだろう、しかしその言葉は斉葉に遮られてしまった。
というか岡澤の事情を知っている他の社員がこの時間はいないというのは意外とつらい。バイトのメンバーが斉葉といえども申し立てできる部分は限られてきてしまう。
「はやく清掃いってこい、雑にやったらやり直しさせるからな」
そう言われてしまってはバイトの力ではどうしようもできない。岡澤も店舗内清掃に向かっていった。

「…それ本当?」
「嘘でもこんな感じ悪い話したくないです」
府中は店長と二人きりで休憩が被った時に事務所で先日の話をした。ラストの24時まで残っていたメンバーの話によると岡澤は閉店後も斉葉のダメ出しにより残っていたらしい。労基完全無視である。
「だよな、冗談で府中がそんな話するとも思えないし…けど岡澤本人からそういう話全く聞かないしなぁ」
色々相談しつつひとまず斉葉にはこのことを確認しない方向性で話がまとまった。その代わり岡澤本人も含めラストのバイトの人々中心から情報を集めると店長は約束した。
「宜しくお願いします」

結果岡澤は一切口を割らなかったが他のバイトメンバーが教えてくれたそうだ。また店長も客に扮して数日様子を見て、事実だと確認したらしい。調理場での斉葉の怒鳴り声が客席にも筒抜けだったと店長は苦笑混じりに話した。
そして同時に発覚したのが、斉葉の女子バイトへのパワハラとセクハラまがいのものだった。どうやら岡澤は斉葉のその態度をたしなめたところ斉葉の標的にされたらしい。男といえど、基本的に他のバイトと馴れ合わない、社員の言うことには忠実な部分等も含めて標的にしやすかったのだろう。
結果斉葉の信頼は更に下がった。近々本社から処遇の詳細についても連絡が来るらしい。
「あー、あいつうまーく女の子のお尻とか触ろうとしてたところあったからなぁー、太もも触られた時はぞっとしたわ」
「おい美咲それなんで黙ってた!」
美咲のカミングアウトに府中は喫茶店で大声を出した。周りの視線が痛い。
「言えるわけないでしょー、第一私も完全にへこんでた女の子の相談で乗るので手一杯よ」
それで一時期電話もメールも来なかったわけか、高校生ということでテスト期間と被っていたから気にしていなかったが…今後はテスト期間だろうと気にするようにしようと府中は密かに誓いをたてた。
「女の子好きの浩介が気づかなかったのがむしろ意外だったわ、ヘルプの子口説いたらしいじゃん」
美咲は更に追い打ちをかけてきた。というか、その話今するな!と府中は辟易した。
「それは悪かった、つーか美咲、お前こそなんでマーと繋がってるんだよ、俺ですらアドレス教えてもらえてないのに!」
生理的に受け付けない!と言った奴の彼女とは繋がってるあたりマーも男だなと内心思いつつも府中は嘆いた。
「府中にだけは教えるなって言われてるからー」
美咲は指で髪の毛をくるくる回す。
「美咲お前彼氏よりもマー優先か!」
「うるさいぞチャラ男」
「その話ぶり返すのやめて下さいごめんなさい」
結局美咲から岡澤のアドレスを教えてもらうことのできない府中であった。

「まーくーん、アドレスおしえてー」
府中のアタックは事務所だろうと調理場だろうと行われた。アタック時に岡澤に抱きつくのも恒例化していた。
「っおい!府中邪魔だいい加減にしろ!」
仕事を終え帰ろうとしていた岡澤を捕まえる。府中は岡澤の肩に顎を乗っけ囁いた。
「…どーしてもだめ?」
「ダメだ阿呆、教える利益が見当たらない」
溜息交じりに岡澤はそう言い肩にいる府中の顔をはたいた。
「いった!」
ぱしん、といい音がした。岡澤も身軽になる。
「お疲れ様です、お先に失礼します」
お疲れ様ーという声が岡澤に掛けられる。
「じゃあな府中、ごきげんようそして死ね」
岡澤は顔を抑えてる府中を一瞥しそう声を掛けて事務所の扉を閉めた。

岡澤の顔が赤く口角も上がっているのは岡澤本人も含め誰も知らない。





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